□なら、これは
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「今日は別の用事で来たのですが、」


予定変更です。と振り向いたメフィスト

近くで見ると尚でけぇ…

俺からすれば見上げる位置にある瞳は、あのトンガリ同様にいまいち感情が掴みにくい



「奥村くんは、

少し…



いえ、やめておきましょう。」


貴方が悪いわけではないですから。とため息混じりに一人でわざとらしい芝居をする



「…少し、ってなんだよ、はっきり言え!」
「では、


言いましょう」

俺が聞くのを待っていたかのような食い気味の返答にムッとした。いや、イラッとした。



(聞かなきゃ良かった)


そんな後悔をしていると、バサッと傘が開くような音が。
マントを広げ俺ごと腕の中に包み込みこんだメフィスト

急に視界が暗くなったもんだから慌てて目の前のコイツにしがみつく


「奥村君、…貴方は、…」

耳に直接吹き込まれるような声に心臓の脈が速くなった

「ッ!…」

何か言おうと開きかけた唇は冷たく柔らかい感触によって塞がれる

初めてではない
この冷たい感触。


少し前にこのピエロが
キスの経験は?なんて聞いてきたもんだから、あるとムキになって答えた時、不意討ちにされたんだ。

その後、弟はカウントしてはいけませんよ?と言われた

相手が雪男な事まで見通されて何も言えなかったんだ。


(兄弟はなんねぇのか…

ならこれはなんだ)


そんな事を頭の隅で考えていると、触れただけの唇はゆっくり離れていった


「紳士を前に考え事とは失礼ですよ、奥村君」


「ハハッ、紳士はいきなりこんなことしねーよ…」


思わず笑ってしまう


(…あれ、俺…)

コイツとのキスが嫌じゃないことに驚いた

唇から熱が身体中に広がる


「まぢかよ…」


「なにが、です?」


(ムカつく顔)

目の前のとぼけた表情を作るこのピエロは、俺よりも先に俺の気持ちに気付いていたに違いない。




きっとコイツは言葉にしないだろうし、俺だってぜってぇしてやんねぇけど、
見透かされたままは悔しいから



「かがめ」



「はい?


何でしょッ…」


同じ目線まで屈み近くなった顔
口端に一瞬だけ唇を押しつけた
キスというには程遠いが精一杯だ


(やっぱり冷てェ…)

そのまま下を向いた俺に、これはこれは…と少し含み笑いをもらしたメフィスト

恥ずかしさから奥歯を噛み締めると、奥村君。と呼ばれた

顔をあげたくない

見られたくないと俯いたままの俺にメフィストは

「練習が必要のようです」

と顎を掬い
もう一度キスをした


押し返してやろうと思ったのに、触れた唇が熱くて、滑り込んできた舌が優しくて…







息苦しくなった俺に気付いたメフィストはゆっくりと離れ、口角を吊り上げた


「今日は此処までにしましょう」



楽しみは後に、という。


程なくして部屋の扉が開いた

「ただいま兄さッ…

フェレス卿」


どうかなさいましたか?と驚く雪男


「ッおかえり!」
慌てて、声が裏返る俺
対照的に落ち着いた様子のメフィストは、お気になさらずと笑った。





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