□一番を僕に
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バカらしいと思われたって僕にとっては…







家族とのキスはカウントされないらしい。と兄さんは言った

(わかってるよ、そんなこと)


どうやら兄さんは要らぬ知恵を植え付けられたらしい。
たぶんフェレス卿あたりにだろう

その"いらぬ知恵"を詰め込んでしまった記憶力を、これからは出来るだけ勉強方面に使って欲しいと思った




溜め息を吐いて布団に倒れこむ
ベッドはギシリと音をたてて沈んだ

育った環境のせいもあってか、古い場所や使い古された物が当たり前の僕にとっては軋む音もかたいベッドも気にするようなものではないのだけれど
タイミングがタイミングなだけに恥ずかしい思い出がよみがえってくる

(だからって、わざわざ掘り返して兄さんを責めたりなんてしないから

「……大丈夫、」

心配しないでほしい。)

寝返りを打つとベッドはまた軋んだ











ギシリ

「ゆきお、おやすみ」

幼い頃、

眠る前、

ベッドに上がり込んだ兄さんが突然僕にキスをした
あたかも、いつもしてます。くらい自然な感じで。

グニッと尖らせた唇を僕の口端に押しつけて、
離れてはまた押しつけて…
今思えば自然だったのは言葉だけで
唇は念入りに朱を押し付ける印鑑の様だった

きっとテレビで得た知識
大人の真似事

あまりに急な展開に驚いて固まった僕
対照的に兄さんは首を傾げた


「雪男の唾がついた…」

それはこっちの台詞だと、唇を腕で拭って、覗き込む青い瞳をにら見返した瞬間唇はまたくっついた

今度は真っ正面から

「ん〜ッ!ん〜ッ!」

やけに長く、ぴったりとくっついていた唇に僕は耐えられずバシバシと兄さんの背中を叩いた憶えがある

「いてぇな、たたくなよ雪男」
「ッケホ…だって!」

反論しようとした僕に兄さんは
「コレはすきなヤツにしかできないんだぞ!」と拗ねながらベッドを飛び降りていった




「…そっか、そうなんだ…」

いきなりは少しムッとしたものの僕は兄さんの言葉にすんなりと納得した

(…そっか、)

それがいけなかった。

次の日も兄さんは眠る前にこっそりと僕に近づく

ギシリ

ギシリ

布団を被って寝たフリをしたってなぜか剥がされ起こされる
小さな手で頬杖をつき僕を見つめる兄さんは楽しそうだ

「ゆきお…雪男!
おやすみ」

納得はしたものの、恥ずかしくてどんな顔をしたらいいのかわからない僕は目も瞑らず抵抗もせず、ただクッションみたいに兄の押し付ける唇を受け止めた

(また4回…)

それから毎日毎日、4回。兄さんは眠る前に唇を押し付けてきた
僕がいじめられて大泣きした日も、
兄さんがいじめっ子に仕返しに行って神父さんに怒られた日も、僕らが喧嘩してしまった日もだ。

"すき"の報告みたいでうれしかった

(お、や、す、み。…とか?)

不思議には思ったけれど、無意識かもしれない4回の理由は特に聞くこともしなかった

やっと兄さんのおやすみ前の行動に慣れてきたある日、いつものように唇をあわせる僕達を


神父さんに見られてしまった。



今思い出しても恥ずかしい。
心臓は握り締めたみたいに苦しくなって、子供ながらに悪いことな気がした僕は直ぐさま飛び起きた

隣の兄さんも驚いてるところをみるとそういう自覚はあるみたいだった

スタスタと部屋まで入ってきた神父さんは、強ばった表情の僕達に「さっさと寝ろ」とキスをおとし笑った
額にされた優しいキスは髭が掠めて少しくすぐったかった

ただ、戯れてるだけに見えたんだろう
実際に今この年で考えるような、やましい気持ちが幼い僕達に無かったにしろ、あの時は神父さんの笑った顔で一気に全身の力が抜けたんだ

微笑ましいなんて今だから思える事
神父さんに見つかった次の晩は兄さんがキスをしにこなかった事に少し安堵して、その次の日もやっぱりこなかった兄さんに寂しくなった
そのまた次の日、眠れずベッドを抜け出した僕はこっそりキスを返したんだ

眠る兄さんに一度だけ。
できるだけ小さな声で、
おやすみと呟いて…



"キスは好きなヤツにするもの"なら、誰がなんと言ったって


(僕のファーストキスは兄さんだ)

家族とのキスも好きな人とのキスも僕の一番は


(そう思うのは、勝手だろ)



あの頃も、今も
僕の一番はかわらない
.
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