君
□気のせい
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※悠太が高橋さんとお付き合いしていた期間の話です。
「お帰り」
帰ってきた悠太の肩に鼻を押しつける。
吸い込む匂いがいつもと違う気がした。
「…」
「ただいま。
ゆうき、肩重い。そして暑いです…」
のろのろとソファに座る悠太にひっついて自分もおなじように並んで座った。聞きたいことが山程ある。まったく嬉しくない話題だけど。
なのに少しだけ開いた口の中はやけに渇いていて、一度閉じて唾を飲み込んだものの、今度は話方がわからなくなってしまった。
いつもどうやって話していただろう…
どうやって切り出したらいいんだろう。
産まれた時から一緒なのに、こんな緊張は初めてだ。
(こんなことで…)
気に入らないけれど、それ位コレが動揺する事なのかもしれない。
(好きな人…)
(付き合う…)
突然の変化に自分だけ取り残されたみたいだ。
悠太がとられたと言うよりは、
悠太が自分から離れた。
事の方がこわかった。
(以心伝心だと思ってたのに…
言わなくてもわかってよ……双子なんだから。
何でも話してよ…聞きたくないけど。
……認めないけど…。)
理不尽な事を考えている今も、心臓の音がドッドッドッっと頭にまで響いてる。
深呼吸して落ち着こうと、肺に空気を送り込むと喉がヒュッと小さく鳴った。
隣の瞳がゆっくりこっちを見る。
何でもお見通しな双子のかたわれに、唯一隠し通さないといけない感情がちらつく。
自分自身、ずっと前から
"気のせい"と言い聞かせてきたもんだから、立派に育ったこの気持ちを飲み込めなくて…
この喉の渇きは心のカワキを表しているのかも…
なんて勝手に解釈した。
つねってごまかしていた部分の痛みを改めて思い知らされたみたいだ。
(…すッ…)
頭の中ですら言葉にすることを避ける。
「悠太、その匂い…酔うよ。」
「え…匂い?
…何もしないよ…」
「…するんです」
「それは、…」
何だろう?香水とか?と首を傾げる悠太。
勿論そんなんじゃない。
匂いなんてないんだから。
(俺犬じゃないし…)
「気のせい、かも。」
曖昧に濁した俺の言葉に、悠太は少しだけ眉を寄せたけど、それ以上は何も言ってこなかった。
(…伝えれるだけ羨ましい。)
ズキズキする体のどこかを誤魔化すように、テーブルの上にあるリンゴジュースを飲み干した。
「…温くなってる…」
あれはきっと、あの子の恋の匂い。
end