君
□ついクセで
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「いつものくせだと思う」
走って渡り切った横断歩道
振り返ると信号がちょうど赤に変わった
ごめんと謝るも、繋がった手を放す素振りはない悠太に春は顔を火照らした
手をつなぐ行為自体、悠太にとっては珍しくない
ただ急ごうと、いつものように隣の手を取りひいただけ
「いえ、あの…」
それでも今隣にいるのは、兄に頼りながら気だるげに歩く弟ではなく、手が触れるだけで頬を染めてしまうほどウブな幼なじみなのだ
次からは気をつけるという意味の"ごめん"
「いや?」
首を傾げて少しだけ微笑む悠太に春は尚更赤くなってしまった
「全然嫌とかではなくて、でも…」
そのまま歩き出した隣に春は戸惑いの声を上げる。
もし知り合いにみられたら…と
こんなに暗い帰り道
誰も目を凝らしてまで自分達を見つける人なんてそうはいないよ
悠太のそれらしい理由に、見つかりたくないのは普通の知り合いじゃなくて
(…)
そう思いはしたものの春はそれを言葉にはしなかった
(悠太君にとって祐希君はまた特別の特別なんだから…)
その事を春は理解していたし、張り合いたい訳でも一番じゃないといけない訳でもない
たまに羨ましいとはおもうのだけど。
それでも祐希に見つかった事を想像すると背筋がのびた
きっと、ピリピリとしたイラだちを隠すことも祐希はしないだろう
(それはちょっと、こわいな…)
想像に耽っていた春は、少ない2人だけの時間は大切にしなくてはと少しだけ歩くペースを落とした
ほんの少しの独占欲
気付いた悠太も隣のペースに歩幅を合わせる
悠太の口元には袖口があって春の位置からだと表情はよく見えないのだけど、笑っている気がした
こんな些細な主張ですら緊張と戸惑いで熱くなっている自分はこの先どうなるのだろう。そう思うと春の指先に力がこもった
「マフラー落ちかけてるよ春」
「え?」
きちんと巻かないと
そういって春の前にたった祐太はマフラーを巻き直す
後ろで結んでくれてるのだろうけど、あまりの近さに息をするのも忘れてしまいそうだ
耳元で、出来た。と言われ春はお礼をと口を開く
しかし言葉は発する前に悠太によって飲み込まれてしまった。
画面いっぱいに大好きな幼なじみ
くっついていた唇はほどなくして離れ、春はその頃漸く今の状況を理解しはじめた
「め、瞑ってくれてもいいのに」
暗い帰り道、目の前の何食わぬ顔をした幼なじみだけははっきりと浮かんでみえる
「は、い……ぇ、」
言われて、やっぱり今のは気のせいでも幻覚でもないのかと実感する
「こ、れも…クセ、ですか?」
そんなわけない事くらい分かってはいたものつい反射的に出てしまった言葉
そんなわけ無いと言われたかったが、悠太は意地悪そうに口角を上げ、どうだろうね。と前を向いてしまった
暗いのは苦手だけど、今だけはもっと日が落ちてほしい
熱くなる頬を擦り、混乱する頭でそんな事を願った
こっそり育む独占欲はお互い様
今はこの距離が心地いい
「春、そっち道違うよ」
「ッはい、ですね」
動揺は隠せないけれど。
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