□教えない
1ページ/1ページ


「要の事も好きだよ」

顔色も変えずに何を言いだすんだコイツは
前の机に腰掛け自分を見下ろす祐希に要は冷めきった瞳を向けた

「今度は何企んでんだよ」

近くに小ザルの姿を探す

「千鶴なら帰ったよ」

要の行動を察して祐希が口を開いた

なら唐突になんだというのか
もう一度さっきの言葉の意味を思い返す要に祐希が繰り返す

「好きだよ、要の事」

「どうしたんだよ、お前」
祐希がどういうつもりでこんな事を言っているのか要には見当もつかなかった

いつものポーカーフェイスからでは、自分をからかっているかも判らない
それでも長年の勘からか、この幼なじみが冗談でこんなことを言うとは思えなかった

「…好きって何だよ、」
「そのままの意味だよ」

そのままの意味でなんて成立しねぇだろ
真に受けるなと自分に言い聞かしながら机の上のノートを鞄に放りこみ帰り支度をする

「それ、途中でいいの?」
解きかけの問題を指差す祐希に適当な相づちをうつ
苦手な問題は家でもう一度やり直せばいい
何となく、今は早く教室を出たくなった
「ねえ、筆箱は持って帰らないの?」
癖で机に片付けた筆箱も無言で鞄に放り込む
思ったよりも動揺してる自分が恥ずかしい

(何でいきなり…)
好きなんて言葉を選んだんだ
教室を見渡すと他の奴らはすでに部活か帰宅しているようだ

静かだと思ったらどうりで…

そんな中、コイツはいつから此処にいたんだろう
普段から、というより会わない日のほうが少ないせいで、傍にいるのを気にすら止めていなかった

「ゆ、悠太は…部活か」
分かっている事をわざわざ確認するようにぼやく
何吃ってんだと、下唇をかんで立ち上がった
どうもこの空気が苦手で足早に教室を出る

何に焦ってんだか

「待ってよ要、鞄取ってくる」

後ろから祐希に引き止められやっぱり一緒に帰るのかとも思ったけれど、逃げるように帰っても仕方ない
その場で棒立ちになる
ほどなくして支度のできた祐希が駆け寄る

寒いと思っていた教室は廊下に出た瞬間
快適な空間だったと思い知らされて、きっと学校を出る瞬間また同じ事を思い知らされるんだろう


「さみぃな今日」
「ね」
陽が傾いて濃いオレンジ色に染まった廊下を首を竦めて歩く
二人きりの空間を脱出できたと思ったのに、廊下も多分これから歩く通学路も人は疎らで状況はあまり変わってはくれない気がした

最近は千鶴と一緒に居ることが増えた祐希
要はその二人に怒ってばかりだった

前は二人の時どんな話してた?

今程ふざけてはいなかった気もするし、大した会話をしていたわけでもない
言い合いになっても悠太が居ればクッションになってくれていたし、春は一緒に居るだけで空気を和らげていた

二人の時は…

(祐希が変な事言うからだ…)

たとえば隣との距離だとか、歩くテンポだとか
呼吸のリズム、そんな当たり前が狂ってしまう

(なんか言えよ)

黙り込まれると考える時間が出来ちまう

"要の事も"

(も、)

当たり前のように悠太が一番だとあの後に続くのが想像できてしまった
今更突っ込む気も掘り下げ聞く必要もないだろう
諦めすらある

はぁ…
白くなる息にハッとする

「溜め息ですか、失礼な」
「ちが、わりぃ、考え事してた」
「誰の?」
何の?と聞かない辺りどうせコイツはわかって言ってんだ
お前の、なんて絶対言わねー
「勉強だっつの、」
「なんだ、俺のこと考えてよ。ちゃんと」
「…ふはっ!」
あまりにストレートな言葉に、吹き出した
ちゃんと、って…
予想すらしなかった催促
何で笑うの、と拗ねた顔
悠太のこと以外で祐希がこんな顔を見せるなんて珍しい

だってお前何だその自信

可笑しいやら照れ臭いやらで顔が綻んだ
真に受けるなと思いながら何より深く考えていた自分が馬鹿らしい
悠希の気持ちは頭で考える理屈よりもずっと単純で、本当にそのままだった
同性が好きだとか、コイツに他と比べられないほど好きな兄がいるだとか、世間体だとか
そんな事全部とっぱらったら、簡単すぎてまた笑えた

こたえてよ要

嫌、だ。

どうして?

「"も"、取れたら教えてやるよ」
「…え〜、」
本当に難しい問題を抱えているような祐希の顔にまた笑いそうになる
無理なのは分かっている
欲張りなコイツが妥協するわけがない

「こたえるって事は、好きなんだ。なんだ…」
「何でそうなんだよ」
「なるよ」

なるけども。
言い切られるとなぜかムカつく

「おまえ次第だろ」
「うわ、上からですよこの人」

どの口が言ってんだ
ブラコンのくせに

変わらず外は寒いのに、相変わらず人も疎らなのに、いやな空気はどこかに消えた

何で今なんだよ

今?あぁ、受験生塚原君を受験に集中できない程度に悩ませたくて

本当迷惑だ


さっきよりも数センチ近くなった隣との距離


(早く兄離れしろ)


.
恥ずかしいくらい青春
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ