Jigokudo

□Tear in the dark
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その瞳はまるで暗闇のよう
梟のような夜目でなければ何もわからないように
その中をたやすくは読ませてくれない

そして
夜の雨がその冷たさを感じなければ気付くことがないように

その瞳に秘めた涙を見ることは…ない





「…どうだった?」

「どう…って、なかなか面白かったんじゃない?安い割に」

久しぶりのデートに蒼龍は自分の趣味でもある映画に椎名を誘った
映画は映画でもテレビでガンガン予告CMが流されるようなメジャーなものではなく小さな映画館で普通のところよりも安い値段でやっているような映画

反対意見は出なかった

あまり観客のいない映画を真ん中の席で並んで観て、映画館の近くの喫茶店で午後のお茶にした


「ああいうの悪くないね。人もそんなにいないから落ち着いて観られるし」

「あそこは穴場なんだ。日本に帰ってきた時は息抜きも兼ねてあそこに入り浸るんだ」

「…また連れてってくれる?」

「え?」

見上げる視線にどっきりと胸を高鳴らせながらしどろもどろに蒼龍は答えた

「も…勿論!また一緒に行こう」

ささやかな次の約束
それが何だか嬉しい


いつかなんてことははっきりと決められない

蒼龍の仕事は不定期無期限窮まりなくて身の安全の保証もない

ひょっとしたらこの約束だって守られることなく終わってしまうかもしれない


それでも二人は約束を求めるのだ

人が自分の帰るべき場所を欲するように



「約束…守れよ」

「あぁ、命に代えても」

「代えなくていいだろ、馬鹿」

なんてことない陳腐な愛の言葉も蒼龍が口にするとシャレに聞こえない

それを彼はわかっているのやら


「犬死になんてしてみろよ。涙の一滴だって提供してやらないからな」

「手厳しいことだ。なら、どうしたら君の涙を拝めることが出来るのか是非とも教えてもらいたいね」

「誰があんたの前で泣くか」

どこまでも高圧的に返す彼が小憎らしくまた愛しい

寧ろそうでなくては彼らしくもない



しかしそんな彼もあの唯一無二の親友の為なら涙を流すのだろうか?

ふと思い浮かんだ愚かな疑問に蒼龍はじっと彼の瞳を見つめた

聞いてもいいものか、そう感じるよりも先に嘲るような笑みを口許にしたたえながら椎名が言った

「てっちゃん達の前なら尚更だよ。泣くよりも先に自分のやるべきことの為に動く」


泣いて世の中どうこうなる程には甘くはない
それなら前に進んだ方がいくらか合理的だ


「いいね、その目」

「物言いがいちいち古いよ、オッサン」

「オッサンはやめてくれ」

「初老超えてんだからオッサンで充分だろ」

「全く…たまにはかわいらしく涙の一つでも見せてもらいたいものだよ」


そう言って大袈裟に肩を竦めてみせた蒼龍を無視するかのように椎名はすっかり冷めてしまった手付かずのままだったコーヒーを口にした




けれど蒼龍は知っているのだ

漆黒の中の見えない彼の涙を

形無いそれはこの世の何物よりも気高く美しいことも…






END








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