Jigokudo

□光と闇の狭間で揺れる甘美なる憂鬱
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「聞いて……どうする?」

「なんも」

「なら答える義務はないな」

「なんや、言えへんもん見たんかい」

「さぁね」

「気に入らんなぁ」


両頬が暁の大きな手に包まれる
低い体温に皮膚がぴきりと強張った


紅い瞳がただ自分だけを痛いほどに見つめていた


まるで稀に空に浮かぶ紅の月みたいなそんな凶々しさを秘めたそんな色だ


「………っ…」

「言うたやろ。俺裕介の事も好きやねんで?好きやから気になんねん。な?」

「二股かよ、この尻軽妖怪が」

「好きなもん好き言うて何が悪いねん。そない言うたら某国の一夫多妻制とかどないすんねん」

「知ったことか」

「ま、えぇわ。そんなことより知りたいわぁ……お前にそんな顔させるような奴」




ちゅ


「……??!」

「もうこんなことしたん?なぁ……」




ガンッ!


唇に触れたのが暁のそれだということを理解した瞬間まるで熱湯に温度計を突っ込んだ時みたいに怒りのボルテージがぐーんと上昇していくのを感じ、まるで脊髄反射の如く動いた足は暁の革靴を力いっぱい踏み付けていた


「った……!」

「へぇ、借り物の身体でもちゃんと痛覚通ってんだ」

怯んだ隙に腕の中から擦り抜けると椎名は大股三歩程暁から離れて身構えた

唇の表面に僅かに残る感覚を皮膚が擦り切れるんじゃないかという程に服の袖でごしごしと拭ってから吐き捨てるように言った


「気安く触るなこの犯罪者」

「それは出来ん相談やなぁ。俺我慢とか嫌いやねん」



それはキスの余韻としてはあまりにも殺伐としていて
正直苦笑いを浮かべるしか出来ない


「あんまり遊びが過ぎるなら、俺はあんたを全身全霊で叩き潰す」

「わっ、怖」

おどける程の余裕が即ち今の実力の差ということか……腹立たしいことこの上ない


「わかったらさっさと失せろ」

「はいはい……っと、けどほんま今のお前綺麗やで」

「何言って…」

「何ちゅうんかなぁ…なんか微妙やねん。愛情の裏にどっか悲しみっちゅうのがあってやな……さしずめ“甘美な憂鬱”っちゅうやつや」

「何訳わかんないこと言ってんだ。さっさと帰れ変質者」

「はっは、また会いにくるで。ほなな」





ネオンの狭間の闇の中に完全に溶け込んだ暁を見届けてから椎名もまた踵をかえした



「甘美な憂鬱……ねぇ」


お前は何処の吟遊詩人だとつっこみたいが一人でそんなことを言っても仕方がないので心の中だけで留めておく


しかし昇華の叶わぬ恋をそう言うのならば………



幸福の裏表のこの苦い想いを抱えたまま自分はいつまでもこのままでいられるのだろうか




夜風は冷たく頭を冴えさせてくれたが、その答えを出すことはどうしても出来なかった








END






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