アザレア
□幼いアザレア
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長い長い廊下をアルトは歩いていた。
先程、『我が君』と死喰い人に呼ばれていたのはアルトの父であり、ヴォルデモート卿という魔法界を悪い意味で賑わせる闇の帝王であった。
死喰い人達の中では、そんな帝王に憧れ慕うものも居れば恐怖故に従うものも居た。
彼の機嫌が悪い時にはとばっちりで死んでしまった死喰い人も少なくはない。
特に彼から忌み嫌われているのは非魔法使いであるマグルである。
マグル狩りという名のマグル殺しは彼の部下──死喰い人によって頻繁に行われていた。
勿論それを止めようとする闇払いも彼や彼の部下により命を奪われた。
コンコン…
アルトが目的地の扉を軽く叩くと、酷く静かな廊下にはその音がやけに大きく響いた。
「入れ」
低く威圧感のある声が中から聞こえるとゆっくりと扉を開き、アルトは中へ入った。
「…アルト…」
部屋の主であるヴォルデモート卿は玉座の様に高級感溢れる椅子に腰掛けていた。
気だるい雰囲気が見てとれるが彼が本来持ち得る溢れる気品には変わりはない。
アルトへと視線を移せば小さく喉を鳴らし目を伏せ傍らにいる彼の愛蛇──ナギニを撫でていた手を上げてアルトの名を呼び手巻きをした。
「父上、何か御用でも?」
アルトは自分と同じ黒髪紅瞳を持つ父を軽く笑みを浮かべ見つめ返しては、迷いない足取りで玉座へと足を進めた。
「特に用はない」
「…またですか…」
自分の元へやってきたアルトを膝の上へ座らせば、その細い髪に指を絡めナギニ同様に優しく頭を撫でた。
呆れた顔をしたアルトに対して当のヴォルデモート卿は悪怯れもせずに答える。
「不満か?」
「少々」
「……」
水やりのことを根に持っているのかにっこりと笑いアルトは即答する。
そんなアルトにヴォルデモート卿は憂いを帯びた表情で呟いた。
「私に似て完璧なルックスだというのに…可愛げがない」
「えぇ、父上に似て可愛げなんてありませんよ」
口調こそ丁寧ではあるが言葉自体は反感的、実際この屋敷でヴォルデモート卿に対してこんな口振りを使えるのはアルトぐらいだ。
他の人間が言えばたちまち殺されてしまうだろう。
ヴォルデモート卿は薄く笑みを浮かべているアルトを一見しては、面白くなさそうにそっぽを向いた。
「…何故アルトは花を愛でる。保護呪文でもかけなければ直ぐに枯れてしまうようなくだらないものだ。」
「……知りたいですか…?」
アルトの愛でる花を窓から見つめブツブツと呟くヴォルデモートに、アルトはクスリと笑い尋ねた。
「焦らされるのは嫌いだ。」
「…花は僕だからですよ。」
「……」
答えを勿体ぶるアルトを拗ねたように見つめるヴォルデモート卿に、仕方のない人だ…と呟いては溜め息混じりにアルトは応えた。
拗ねていたとはいえ予想外の言葉にヴォルデモートは目を大きくさせた。
「…花がアルト…?」
「はい。」
真っ直ぐに瞳を向け微笑むアルトからは彼の父への惜しみない愛情が伝わった。
ヴォルデモート卿は目を細めそんなアルトの手を引き、その小さな身体を抱き締めた。
「わわっ…」
「なら、枯れないようにアルトに危害を加えるものは私が排除しよう。」
驚き慌てるアルトに反してヴォルデモートは笑みを浮かべていた。
その笑みはとても幸せそうなもので、彼の部下が見ると驚き腰を抜かしてしまうであろうものであった。
「ふふっ…父上の手を煩わせるようなことはないと思いますが…お願いしますね…。」
「あぁ」
自信満々に応える父に笑みを溢せば、アルトは同様に幸せそうに笑った。
闇の帝王とその子息にはまるで見えず、その様はただ幸せと戯れる父と子だった。
―家族との融和―
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