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□チキンハートは逃げ出した
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悪戯好きのあの人に何度驚かせられたか分からない。
今日も、気配を殺して背後から耳元で俺の名を囁いたあの人は俺の反応を見ては楽しそうに笑っている。
一通り笑ってから、ごめんなさいと対して悪びれた様子もなく、あの人が俺の目の前で綺麗に笑ったものだから…─。

「……触ってもいいですか?」

ハッと気付いた時にはもう遅かった。
ふと思った事は無意識に言葉にしていて、突拍子もない俺の変態じみた台詞に目の前の沖田さんはきょとんとしている。
あー…引かれなくてよかった、なんて思ってる余裕もなく、冷や汗はダラダラで顔から一気に血の気が引いた。

「え、あ!?いや!その、す、すいませんっ!!な、何かその、口…口が勝手に…あは、あはは」

困惑した頭では上手い言い訳なんて思い付かず、最後は渇いた笑いでごまかそうと引き攣る口角を無理矢理上げる。
そんな俺を特に何するでもなく、桜色の愛らしい唇から紡がれたのは予想もしなかった言葉。

「いいですよ」
「………………………………え?」
「触っていいですよ」
「え、あ、いや、あの……沖田さん?」

またこの人は俺をからかっているのだろうか。
はい?、と首を傾げて見上げてくる様が可愛らしくてドキンと心臓が跳ね上がった。
その瞬間、顔に熱が集まるのが自分でも分かって、大きな黒い瞳から逃れるように顔を逸らす。

「か、からかわないで下さいよ」
「からかってなんかいませんよ。辰之助さんが私に聞いたんじゃないですか」
「そ、それは…そう、なんですけど……」
「だから、はい。どうぞ」

にっこりとやっぱり沖田さんは綺麗に笑った。
確かに言い出したのは俺だし…、ああでもっ!と数十秒たっぷり悩んだ後、失礼しますと断りを入れてから意を決して怖ず怖ずと右手を白い頬に滑らせる。

「(うわ……)」

ドキンドキンと脈打つ心の臓。
手の平に吸い付くような感触は同じ男とは思えないほど柔らかい。
さらりと流れる綺麗な瑠璃色の髪が手の甲を優しく撫でる。
真っ赤になった俺を映す漆黒の瞳がゆっくりと瞼を下ろしたのを合図に、

「(我慢、できない……)」

色付く唇にそっと口づけを落とした。



ほんのり色付いた頬と嬉しそうな顔にもう一度。
時には大胆になるのも悪くない。






辰兄はチキン

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