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□あどけない顔で笑うひと
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お化粧の練習させてー、からどうせなら髪と着付けもーとあれよあれよという間に見事女の子と化したのはつい先刻。
最高傑作っ!とカリスマ髪結いが声高らかに宣言した通り、鏡に写ったのが自分自身にも関わらず思わず嘆声を上げてしまった。
結い上げられた灰桃色と頬にのった白粉にふと、あの人はどんな反応をするだろうかと不運で何かと有名な彼を思い浮かべるやいなやタカ丸さんの自室を出て、現在進行形で保健室に向かっている。
あの角を曲がればすぐだ、という所で視界に入ったのは探していた緑の忍装束。

「ぜんぽーじせんぱい」

その背中に呼びかけると、いつもは優しげな目が驚きに見開かれる。
おおー、予想通りの反応。

「……あ、綾部?」
「はい、綾部です」
「…女装の授業だったの?」

女の子かと思ったよ、と苦笑いする先輩にタカ丸さんの実験台ですと簡潔に経緯を伝える。

「ああ、成る程ね」
「せっかくなので見せびらかそうかと」
「え?僕に?」
「一番面白い反応をしてくれそうでしたので」
「ははは、で感想は?」
「予想通りでしたが正直言うともう少し大きい驚きが欲しかったです」
「それは、うん……ごめん?」
「いえ、中々楽しめました」

ありがとうございます、そう言えばまた苦笑いを返された。
でも本当に驚いたんだよ、とも。
そういえば驚愕の声は聞いたものの女装の感想とやらはまだだ。
この優男の先輩の口からお褒めの言葉を貰えばタカ丸さんも喜ぶし、滝や三木に対するちょっとした自慢にもなるかもしれない。

「可愛いですか?」
「…え?」
「魅力的ですか?」

問いかけると呆けたのは一瞬で直ぐに見慣れた優しい笑顔に戻る。
いつもより艶も指通りも良い頭に大きな手が置かれるとそのまま優しく撫でられた。
別にそれはいつもの事なので対して気にもしないが、これでは答えになっていない。
自分より高い位置にあるその人の顔をじっと見つめ訴えるとそれが通じたのか孤を描いた口が動く。

「すごく可愛いし綺麗だよ。でもね、僕は普段の土まみれで無心に穴を掘ってる綾部の方がずっと魅力的で好きだな」

何を言ってるのだろうかこの人は。
そんな事聞いてないのによくもまあ恥ずかしげもなく。
そうは思うも何だか居た堪れなくなって、仄かに熱を持ちはじめた顔を隠すように俯いて先輩の視線から逃れる。
頭を撫でる手が離れて、様子を窺うようにチラリとやった視線の先では同学年の先輩達よりもどこか幼い笑みを浮かべるその人がいた。

ひと

何だか無償に蛸壷を掘りたくなった。






伊綾って癒されます

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