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□恋心自然発生
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近くの木の上に気配を感じ覗き込めば、そこには紫の忍装束を纏った灰桃色の髪の後輩がいた。
普段ならば迷惑極まりない程に穴を掘っているはずの彼だが、器用にも(忍としては当然)木に凭かかって寝息をたてている。
いつもは無表情を貼付けた顔しかしていないものの寝顔は随分とあどけない。
あいつも四年だし落ちやしないだろう。
これが下級生なら起こしたが相手は上級生。
それに下手に起こして蛸壷掘りを再開されれば用具委員の仕事が増える、そう思いその場を立ち去ろうとした食満だったがふいに木の上の身体が前に傾いた。

「んなっ!!!!」

咄嗟に落下地点に体を滑り込ませ、綾部を受け止める。
いや、正確には上手く掴まえられず下敷きになったという方が正しい。

「おやまあ」

衝撃で起きた綾部が本当にそう思ってるんだか思っていないんだか分からない口調で「そんな所で何してるんですか先輩」と尋ねるものだから、体を張って助けた食満の顔がひくりと引き攣る。

「お前が落ちてきたから助けてやったんだよ!感謝をしろ感謝をっ!」
「そうでしたか」

それは失礼しました、と言う割には感情が篭っているように聞こえない。
まあ…こいつはいつもこんなんか、地面に打ち付けて痛む腰を摩りながら腹の上に乗る後輩に溜息が出た。

「いい加減下りろ。重い」

こてん、と小首を傾げるのは綾部の癖だろう。
こちらをじっと見つめる、色素の薄い大きな猫目が通常よりずっと近い距離にある。
いやだから下りろよとか、四年になったんだからもう少し上手く寝るようにしろとか、言ってやりたい事はあるはずなのに妙に動揺してしまい言葉が上手く出て来ない。
言い淀む食満を特に気にした様子もなく綾部はふいに近付いてくる誰かの気配に振り返った。

「……とーない」

そう呟いて間もなく「綾部せんぱーい!」と綾部を探しているであろう声が聞こえた。
名前を呼ばれた当の本人は、さながら飼い主の元へ戻る猫のよう。
するりと食満の上から退けると長い髪を風に遊ばせ、背を向けて簡単に去って行く。

「……礼くらいしてけよ」

思わず伸ばしたやり場のなくなった腕を下ろして、擦り抜けた温もりに覚えた寂しさをごまかすように悪態をついた。
よく分からない、胸に広がるもやもやとした想い。
それを掻き消したくて大袈裟に一つ舌打ちをした。



「喜八郎、委員会が始まっているというのに一体何をしていた」
「寝ていたらしょくまん先輩に抱き留められていました」
「何ぃぃぃ!!!???」

その数分後、用具倉庫に乗り込んだ般若の形相をした仙蔵に食満が大量の焙烙火矢を投げ付けられたのだった。






綾部は言葉足らずだといい

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