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□願う
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これの裏話
※富松目線


何があったのかは分からないが、確実に何かあったのかは一目瞭然だった。
山積みになった仕事(他の委員会が持ち寄った壊れた備品やら壁の修理やら)はちっとも進む気配がなく、いつもは猫可愛がりする一年にも上の空。
そのくせ"綾部"という単語にだけは異常なまでに反応を示すのだから、誰が原因で食満先輩がこうなったのかなんて火を見るよりも明らかだった。

「最近穴掘りしねぇんですか先輩」
「……………誰?」

上級生の長屋に行くというのは結構勇気がいるもので、ましてや大した会話もした事がない先輩を訪れるというのは結構怖い。
だが、いつまでも用具委員長をあのままにしておく事も出来ず、お節介かとも思ったが原因であるであろう天才トラパーを訪ねた。
縁側に腰かけ、ぼんやりと空を見つめる綾部先輩に声をかけると変わらない表情のまま、こてんと首を傾げられる。

「三年の用具委員、富松作兵衛です」

俺が名乗ると、形のいい眉を寄せて端整な顔を不機嫌へと変えていく。

「何?蛸壷なら裏山で掘ってるから別にきみ達に迷惑かけてない。何の用?」

ぴりぴりする雰囲気を流せる程生憎俺は大人ではない(何せ相手は上級生)。
刺々しい声色に尻込みしそうになる足を奮い立たせ、色素の薄い目を見返す。

「何があったかは知りませんが食満先輩と仲直りしてくだせぇ」
「……けま?」
「(まだ名前覚えられてねぇのか…)用具委員長です」
「何それ。仲直りも何も最初から仲良くないんだけど。お互い嫌い合ってるし」
「委員長は綾部先輩の事嫌いじゃありません」

むしろ大好きです、とは流石に俺の口からは言えないが心の中で返す。
声にしていないのだから勿論綾部先輩に届くはずはないのだが、ギロリと恐ろしい形相で睨みつけられ危うく心臓が止まりかけた。

「面と向かって嫌いって言われたのにそんな訳ないじゃん」
「え…?」

何してんだあの人はぁぁぁぁ!!!!!!と叫ばなかった俺を褒めてほしい。
好きな子を前にするとどうしたらいいか分からなくなってつい冷たくしちゃう、典型的な低学年男子だ。
他人の色恋沙汰に首を突っ込むものではないと言いはするが、これは誰かが突っ込まなければ進展はまずないだろう。
尊敬する先輩の恋とは言っても、恋愛経験少ない俺でも分かる。
すみません食満先輩、こんな事思いたくねぇんですが後退の一途を辿ってます。

「わざわざそんな事言うために大勢で来たの?」
「へ?大勢?」

長屋の角に視線をやる綾部先輩に倣ってそちらを向くと、顔だけを出して俺らの様子を覗き見している青い井桁模様の制服が三つ。
面倒な事になるからと置いてきたはずの後輩三人はいつからいたのか(きっと最初からで、綾部先輩は当たり前のように気づいてたんだろう)「富松せんぱーい…」と情けない声を上げて駆け寄ってくる。

「お前ら、待ってろって言っただろ」
「ごめんなさい…でも、ぼくたちも食満先輩が心配で……」
「綾部先輩!食満先輩のこと嫌いにならないでくださいっ」
「食満先輩言ってました!綾部先輩のこと好きだって!掘り終わった後の嬉しそーな顔が好きだって、先輩言ってました!」

純粋で可愛い一年の前ではつい本音が出てしまったのだろう。
言った後に真っ赤に顔を染めて慌てて否定する姿が目に浮かぶ。
泣きそうな一年達を目の前に、言われた事に何を思ったのか綾部先輩の表情からは判断出来ない。
きっとこの場に藤内がいれば分かったのだろうが、残念な事に表情の変化に乏しい綾部先輩の感情を見分ける術を俺は知らない。

「……綾部先輩」

怒っているのか、戸惑っているのか。
呟くように呼べば、長い睫毛に縁取られた大きな猫目と視線がぶつかる。

「ねえ、今何か甘いもの持ってない?」
「…は?あ、甘いもの?」
「はいはーい!ぼくおまんじゅう持ってまーす!」

話の流れからなぜ今綾部先輩が甘味を求めるのかは分からないが、しんべヱの手渡した饅頭(いつも思うがなぜ常に食い物を持ってるんだ)を素直に受け取る。

「綾部先輩、お腹すいたんですかあ?」
「あー…ぼくもお腹減ってきちゃった」
「交換」
「?、こーかん…?」
「何を交換したんですか?」

藤内から聞いてはいたが何とも読めない思考を持つ人だ。
何をしたいのか全く分からない。
疑問符を浮かべる俺らに綾部先輩は飄々と言葉を続ける。

「私の時間十秒とこの饅頭。交換してあげる」
「時間…?」

あとは自分達で考えて、それだけ言って先輩は饅頭を頬張った。
「あ、おいしい」と呟く声を流しながら、今言われた事を頭の中で繰り返す。
十秒時間をあげるという事はその十秒間、彼は俺らの願いをきいてくれるという事だろうか。
たかが十秒、されど十秒。
ここにいる用具委員、思う事は皆同じ。

「「あやべせんぱいっ!」」
「…その時間…っ」
「委員長に会ってあげてくだせぇ」

お節介だと言われようが早くいつもの食満先輩に戻ってもらいたい。
そうしないと仕事も終わらねぇし。
ごちそうさま、澄んだ声を耳に残して用具倉庫に向かう紫の忍装束を四人で見送った。



後は当人達次第。
安心したような困ったような顔をして、後輩達の顔を見渡した。






富松は世話焼き。
迷子達や不運やヘタレた先輩の世話を日夜焼いてくれます。


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