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□惑う
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※過去捏造


委員会もなく暇を持て余し、長屋の縁側でひなたぼっこをして過ごしていると、突然背後からの衝撃に襲われた。
うおっと短い呻き声を上げ、辛うじて倒れずにすんだ事に安堵すると、体当たりをしてきたであろう人物(まあ、こんな事する奴は一人しかいないが)を視界に収める。
肩越しに見えたのは案の定、ふわふわの灰がかった桃色。

「どうした喜八郎」

名前を呼べども返事はなく、何の反応をするでもない喜八郎は俺の背中に顔を埋めたまま動こうとしない。
これは何かあったな。
だんまりを決め込む小さな頭を見ながら、しょうがないなと小さく笑った。

「平と喧嘩したか?もしくは田村」
「……………」
「立花先輩に叱られたか?ってお前はそんな事で落ち込むような奴じゃないか」
「……………」
「実習で失敗したか?それもないな。お前優秀だし」
「……………」
「…タカ丸さん?」
「……………」

無言のまま腹に回った腕に力が入った。
何となく察しはついていたもののまた随分と分かりやすい反応だ。
まあ、こうして俺の所に来た時点で隠す気はないんだろうけど。
綾部は何を考えてるんだか分からない、と同級生や先輩後輩、果ては先生方までよく言うが、俺に言わせれば喜八郎はかなり分かりやすい。
口下手で感情を表に出すのが苦手なだけで本当は表情豊かだ。
今だってそう。
構ってほしい時は、前や横から。
何かあった時は、後ろから。
それは、存外甘えたな幼なじみが昔から無意識にやっている抱き着き方。
ゆっくりでいい、ちゃんと聞くから。
そういう思いを込めてふわふわの頭を軽くぽんぽんと撫でる。
すると、それが通じたのか喜八郎がゆるゆると顔を上げ、「…はち兄」とか細い声で呼んだところで俺達は今日初めて顔を合わせた。

「ん?どうした?」
「………私、はち兄が好き」

漸く話し始めたと思えば開口一番がこれか。
他の人が聞いたら勘違いすんだろ。
もしタカ丸さんに聞かれてたら俺は間違いなく坊主決定だ。

「あー…きい?それはあれだろ?幼なじみとしてって事だよな。もちろん俺も好きだぞ」
「好き。絶対嫌いにならない」

これまた熱烈な告白だなおい。
実習以上に回りの気配に気をつけながら喜八郎の言葉を聞いていく。
何せここには天才という名の愉快犯が住む五年長屋だ。
疚い事なんざ何一つしていないのに、妙な背徳感があるのは間違いなくその天才によるトラウマのせいだろう。

「…でも、好きなのに嫌いになる」

色素の薄い瞳が戸惑いに揺れる。
まるで迷子になった子供のようだ。

「優しくて穏やかでいつも笑ってるあの人が好き。なのに、嫌いだって思った。久々知先輩と話してるのを見たら嫌だって思った」

端から見ればすぐに分かるのに、当の本人達がこれだ。
タカ丸さんの喜八郎を見る目が優しい事を、愛おしさを含んでいる事を周りばかりが分かっている。
喜八郎だってそうだ。
幼なじみの俺とも、友達の平や田村とも、委員会の先輩後輩とも違う眼差しをタカ丸さんに向けている。

「はち兄が誰と話しててもまぐわっても平気なのに」
「おいおい」
「タカ丸さんは違う」

不安そうに俺を見る喜八郎には悪いが、その姿を何とも可愛らしく思う。

「はち兄…私、おかしい?」
「そんな事ねえよ。それが普通だ」

ほんの少しばかり寂しいと思うのは、手のかかる子供が親元を離れていくようなものなのだろうか。

「きい、それはな──」



恋っていうんだ。今の気持ち全部タカ丸さんに話してこいよ。むこうもお前と同じだから。






両片思いな二人と竹谷の話。

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