title

□撫でる
1ページ/1ページ

「仙蔵、頭を出せ」

突然六年長屋を訪ねて来たと思えば開口一番にそう告げた後輩に、私はどう反応を返すべきだったのだろうか。

「喜八郎、いきなり何だ」
「頭を出せ」

駄目だ話が通じるような相手ではない。
そもそもこいつは何故先程から私にタメ口(というより上から目線)なんだ。
「…お前の後輩大丈夫か?」と文次郎がこっそり聞いてきたが、これが大丈夫に見える奴がいるなら連れて来てもらいたいものだ。

「断る。一体何なんだお前は」

やってのけるのが喜八郎だからか、怒りを感じる以前に呆れてしまう。
今に始まった事ではない奇抜な行動には毎度毎度振り回され、三年目に突入した今でも慣れない。

「ならば強行突破」

聞け人の話を、と言う前に奴は奇妙な掛け声(とおっ!と舌足らずに)を上げ、あろうことか飛びついてきた。
驚いたものの咄嗟にすんでの所で交わす、が離れていたはずの距離は一気に縮まってしまった。
次はどんな攻撃に出るかと身構えるも喜八郎の予想もつかぬ行動がまたもや私を驚愕させる。

「!?、は…?」

頭一つ分以上は違う私達の身長差。
背の低い後輩は片腕を目一杯伸ばし、私の頭へ置くと頭巾越しに軽く触れた。

「よーしよーし」
「っ…?、喜八郎…?」

ぎこちない動作で頭上を往ったり来たりする小さな手。
まるで上級生が下級生にするように私の頭を撫でる喜八郎に、文字通り目が点になる。
我関せずと傍観を決め込んでいた文次郎でさえ、考えもつかなかったその行動にかなりの間抜け面を曝していた。
何をしたいのか、何を考えているのか、全く意図が掴めずに(状況に戸惑ってもいるが)喜八郎を呼ぶが奴は相変わらずの無表情だ。

「えらいえらい」
「お前…、少しは人の話を聞くという事を覚えろ」

呆れを露にしながら細腕を掴み、動きを制する。
特に何の抵抗もなく突拍子もない行動は案外呆気なく終わった。
で何ったんだ、改めて問えば奴は実にあっさりと、頭を撫でたのですと答える。

「そんな事は分かる。私が言いたいのはなぜお前がそういう行動に出たかだ」
「タカ丸さんが褒めてくれたからです」
「もっと分かるように言え」
「女装の指導をしてくれました。上手く出来たらタカ丸さんが、綾ちゃんすごいねって褒めてくれました。頭も撫でてくれました」
「…それで?」
「私より女装が上手い立花先輩はもっとすごいです。だから褒めにきました」

飄々とそう言ってのける、至極単純な理由に思わず目を見開いた。

「先輩知ってますか?褒められて頭を撫でられるとほんわりするんですよ」

そう遠くもない昔、当たり前にやってもらっていた事。
成長した今、大きくなった手は小さな頭を撫でる側になった。
幼子でもないのだから頭を撫でられる事などもうない。
その考えをいとも簡単に覆して、擽ったい懐かしさでいっぱいに満たしてくれた後輩の頭を優しく撫で返す。

「ああ、知っている」

掴み所のないその子の言った通り、ほんわりとした想いを噛み締めた。

退

「それはそうと、妙に偉ぶっていた態度は何だ?」
「身長的には見上げているのでせめて態度では見下ろしてみようと思いまして」
「…どんな思考回路なんだ一体」






仙蔵は綾部を変な子だと思ってるけど可愛がってるといい。
最後辺りやっつけ感が否めない…そして文次郎が最後まで空気。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ