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□信じる
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※過去捏造


忍務が予定より遅れるのはよくある事。
戻らないのはあの人だけじゃない。
私達がここでやきもきしていたって状況が変わるわけでもない。
嘘を言ってるつもりも強がっているつもりもない。
これが私の本心。
「心配じゃないんですか!」と怒鳴りつけるようにやって来た一つ下の後輩にそう伝えると、まるで怒った蛇のように目尻を吊り上げて憤慨した。
蛇が好きなだけじゃなくて表情まで蛇みたいだ、とぼんやり思う私に何を思ったのか(決して良い事じゃない)彼は「あなたみたいな人が幼なじみで竹谷先輩が可哀相だ」と言った。
別にその事に関しては何とも思わない。
傷つくわけでも怒るわけでもない。
ただ、端から見ればそう見えるのかと他人事のように思った。
だから、あの子と全く同じ質問をしてきたこの一つ上の先輩もそう思っているのか、はたまたただの興味本位なのか。
まあ、高い確率で後者だろうけど。

「ねえ、心配じゃないの?ハチのこと」
「白々しいですねオバマ先輩。さっきの会話聞いていらしたのでしょう?」
「オバマじゃなくて尾浜ね。何だ気づいてたんだ」
「隠れる気もなかったくせに。用がないのならどこかへ行ってください。私は蛸壷を掘りたいのです」

例え先輩であろうと取り繕う気はない。
素っ気なく、早く消えてほしいとあからさまに態度に出すが、相手は気づいていても動く気はないみたいだ。
鉢屋先輩とは違う意味でこの人は厄介。

「綾部冷たーい」
「どうとでも。先輩が行かないのなら私が行きます」

大事な相棒の踏子ちゃんを担いで背を向ける。
最後に見たおはま先輩の顔が不服に歪んでいたけど、そんなこと知らない。

「……ねえ、ほんとに何とも思ってないの?」

歩き出した私にかかった声はさっきの無邪気な声色とは打って変わって低い。
不満というより怒りだろうか。
振り返った先の彼は真っ直ぐに私を見つめて、答えを待っている。

「ハチは綾部の事大切に思ってる」
「…………」
「なのに、綾部は何とも思わないの?」
「…………」
「なあ、綾部」
「…言ったでしょう。忍務が遅れるのはよくある事です。何より、天才と名高い鉢屋先輩と優秀な不破先輩がついているんですから私がとやかく言う必要はありません」
「……確かにお前の考えは忍として優秀だ。でも」
「信じていますから」

長くなるであろうおはま先輩の私論が始まる前に遮れば、普段から丸い目が更に丸くなる。

「あの人は私に黙ってどこかへ行くような事はしません」

─俺は何も言わずにいなくならない
─お前が望むなら必ず迎えに行くから
─だからな、きい
─約束だ

「だって、約束だから」

一つ上のあの人が旅立つ日。
私の両親のように私に何も言わないではち兄もいなくなるんだね、と告げた私にあの人が言った。
小さな子供の口約束。
それでも私にとっては何にも代え難い大切な宝物。
痛いくらいに刺さる視線にもう何も言う事はないと再び背を向ける。
するとまるでタイミングを読んだかのように校門の方がざわつき出した。
そう遠くも、そう近くもない場所から聞こえる「おかえりなさい」「お疲れ様でした」の声に満足感が溢れる。
さて次はどこに掘ろうかと考えながら、苦笑するお節介な先輩を今度こそ後にした。



「ただいま、きい」
「おかえり、はち兄」

転んで、躓いて、立ち止まってもこの手があるから歩いていける。
いつか離れる未来の日まで約束を違えずにいて。






綾部は両親が他界して姉夫婦と暮らしてる勝手設定。

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