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□攫う
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─髪結いさん
そう自分を呼ぶ声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間には両足は地面から離れていた。
「ふぇ?へ?え、え!?」
「久しぶりだべ、髪結いさん。相変わらずめんけぇなあ」
「ぅわっ、え?よ、与四郎くん?」
突然自分の身に起こった事を把握できずにいるタカ丸に、与四郎は何事もないように人の良い笑みを向ける。
本来ならば忍術学園にいない人物がなぜここにいるのだろうかと疑問に思うも、背中と膝裏に回った手の感覚に漸く自分が風のように現れたこの男に横抱きにされているのだと状況を理解した。
「ちょ…と、とりあえず降ろして!」
ついこの間まで街人だったと言っても男として同じ男に横抱きにされるなんて情けなすぎる。
それに恥ずかしい、かなり。
だが、タカ丸がいくら腕を突っぱねようが藻掻こうが抱き上げる男には何の効果も見られない。
それどころか更に密着するように力を込められる。
「ゔ〜…く、悔しい…」
「てーとにめんけぇ人だべ」
本人にその意思があるかないかは知らないが、からからと何だが馬鹿にされたような笑いにタカ丸はむっと顔を顰た。
抵抗するのも諦め「何なの?僕に何の用?」と機嫌の悪さを隠さずに尋ねるが、与四郎は笑顔を崩さない。
「嫁こさこって言いてぇとこだが、今日ばでーどの誘いさ来ただよー」
「へ?デ、デート?」
「んだ。近くの街ででっけえ祭があっからよ。一緒に行くべ」
祭とは何とも魅力的だ。
さっきまでの怒りもその単語一つですっかり萎えんでしまった。
だがどうして風魔の忍者がこの辺りの祭事情を知っているのだろうか。
しかしそれも、企業秘密だと言われてしまえばそれまでである。
「そのためにわざわざ風魔から来たの?」
「ついでに先生からのおつかいも済ましてきただよー」
普通ならば祭の方がついでであるのだが、与四郎のついではあくまでおつかいである。
抱き上げたままのタカ丸の顔を覗き込み、それに、と言葉を続けた。
「かっぺらうのはいつでも出来っかんなー。今は逢瀬を楽しむのもいいべ」
な?、と聞き返されるが独特の訛りを交えての会話にタカ丸はこてんと首を傾げる事しか出来ない。
それを特に気にした様子もなく、「近ぇうちに訛りもすぐ分かるようになるだよー」と告げられた。
「日暮れまで時間もねぇしそろそろ行くべ」
「え、でもまだ外出許可…」
「いらねぇだよーそんなもん。おめえさんがいいならオラがいくらでも連れ出してやるべ。許可が欲しいのはおかためん時だけだよー」
「?おかため??」
「そん時になりゃ分かんべ」
意味深ににっこりと笑うだけで教える気はないらしい。
何だか釈然としなくて続きを促そうとタカ丸が口を開くよりも先に、学園に来た時と同じように風の如く与四郎が駆け出した。
「わっあああ!は、早い!早いよ与四郎くぅん!!」
「早くしねぇと気づかれっちまあ」
「だ、だからって…ひゃああ!!!!」
「落としたりしねえが、しっかりオラに掴まってりゃ大丈夫だよー」
反射的にではあるが、首元に回った腕に与四郎は満足げに笑う。
更に上がった速度に、流石風魔忍術学校最上級生、と感心する隙もないくらい目まぐるしく過ぎる景色にタカ丸は慌てふためくばかりだ。
己を学園から連れ出した男の機嫌がいいのを何となく感じ取りながら、頭の片隅に微かに残った冷静な部分で委員会を無断欠席した事をここにはいない年下の先輩に謝罪したのだった。
今夜二人で駆け落ちごっこ
いつだって、攫う準備は出来ている。
※おかため=結婚
訛り分かんないです…間違ってたら教えてください!
与四郎さんは結婚する気満々。