title

□祈る
1ページ/1ページ

「不破先輩が羨ましいです」

閑散とした図書室に訪れ、そう言った井桁模様の後輩に雷蔵は最初こそ目を丸くしたものの、「僕はきみが羨ましいよ」といつものように穏やかに微笑んだ。

「…嫌味にしか聞こえません」
「ははは、本当に冷静だね」

三郎の言った通りだ、と笑う目の前の人に庄左ヱ門は幼い顔を顰る。
彼の口から当たり前に出る想い人の名。
手を伸ばしても届かない距離にいる自分と違い、いつだって隣にいる群青の先輩にちりちりと胸が痛む。

「対等でおられる上に特別でもおられるあなたを羨望すると同時に妬ましくも思います」

こんなのただの八つ当たりだ。
穏和で優しいこの先輩は何も悪くない。
いくら周りから冷静だと言われようともまだ十を数えたばかりの子供。
頭では理解していても、溢れた感情を押さえ込むのは容易ではない。

「きみは正直な子だね。でもね庄左ヱ門、きみの目に僕がどう映ろうともやっぱり僕はきみが羨ましいよ」
「…なぜですか?」

一年と五年。
四年のその差は限りなく大きい。
いくら足掻こうとも縮まないばかりか離れていく距離に、悔しくて悔しくてどうしようもなくなる。
想う彼の人に自分は護られる存在。
護られてばかりは嫌だ。
自分だってあの人を護りたい。
悪戯好きで自由奔放で気まぐれで、寂しいくせに寂しいって言えない意地っ張りで天邪鬼な愛しい人。

「あなたは鉢屋先輩の特別なのに」
「…うん、そう。でもね、三郎の特別は僕だけじゃない。八左ヱ門も兵助も勘右ヱ門も皆、三郎の特別だ」

勿論きみと同じもう一人の委員会の後輩君もね、と付け足した後、雷蔵はふふふと小さく笑った。
彼の言う通り、五年生の仲が良いのは学園中が承知の事実で、普段は大人びた雰囲気を持つ三郎も友人達と一緒にいる時は年相応の顔に戻る。
だが、例えそうだとしても目の前にいる雷蔵だけは庄左ヱ門には違って見えた。
顔を貸し、寝食を共にし、双忍の名を思いのままにする擬似双子は誰よりもお互いを大事に、愛おしく思っている。

「それでも、やはりあなたは違うように思います」
「いいや、同じだよ」

間髪入れずに応えた雷蔵に、庄左ヱ門の顔が怪訝に歪む。
それに一つ苦笑して、「さあ、もう図書室を閉めなくては」と受付から立ち上がった。
外は既に薄暗く、庄左ヱ門もそろそろ戻らなくてはと思い、失礼しましたと雷蔵に頭を下げる。

「庄左ヱ門」
「はい」
「…何でもない。呼び止めてごめんよ」

言いかけた雷蔵に、庄左ヱ門が聞きたそうな顔をしていたがそれには見ないふりをした。
雷蔵が何も言う気はないと悟ったのだろう。
綺麗な一礼をして図書室を後にした。

「…最近、三郎がよく笑うようになったんだ。委員会の…いや、きみの話をとても楽しそうに話してくれる」

入学からずっと一緒だった片割れの初めて見た表情を思い出しながら、雷蔵は先程庄左ヱ門が出て行った扉の方を見た。
そう遠くない未来、あの子に大切な片割れを奪われる日がきっと来る。
大人気ないとは分かっていても、素直に教えてあげる程自分は優しくはない。
だから最後に一度だけ先輩の余裕を見せたかったのだ。


()

「…三郎をよろしくね」

冷静な後輩に向けた言葉は、誰もいない図書室に消えた。






庄左ヱ門が五年生(特に雷蔵)を敵視してたら可愛いよね。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ