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□逃
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「さぶろー!さぶろー!」
「人を犬猫みたいに呼ぶな」

外で大声を出しながら自分の名を呼ぶ級友の元へ降り立てば、そいつは「違うって」と苦笑した。
人を呼んでおいて違うとはなんだと睨むが、五年も年月を共にしている相手はそれ位ではちっとも動じない。

「猫の方のさぶろーだよ」
「はあ?勝手に私の名前を猫に付けるな」

きっと睨みつけてやるが、奴は苦笑混じりに頬をかくだけ。
一週間程前にふらりと学園にやって来た野良猫がそのまま住み着いた、というのは今目の前にいるこの男から聞いてはいた。
愛着がわいてしまい生物委員会で面倒をみているとも。

「お前に似てんだよ」
「そんなもの理由になるか」

文句を言っても「おーい、さぶろー!」と尚も私と同じ名の猫を呼び続けている。
事情を知らない者から見れば、近くに"三郎"がいるのに"さぶろー"を探すハチはさぞ滑稽に写っているに違いない。

「不快だ。しかもややこしい」
「いいだろ。委員会でも既に定着してるし、本人も気に入ってるみたいだしな」
「本人て…猫だろ」
「さぶろーって呼ぶと返事するぜ」

ただの偶然だろそれ。
とは思ったが言わないでおいた。
親(?)馬鹿には何を言っても無駄だという事はこの五年の付き合いで学んだ。

「お!いたいた」

がさがさと音を立てて草むらから出てきた猫は、にゃあと鳴いてハチに擦り寄る。
艶やかな黒の毛並みに、金色の丸い目。
一般的によく見るタイプの猫だが、一体どこが私に似ているというんだ(地毛の色も目の色も違うし、そもそもハチは私の素顔すら知らない)。

「どこが似てるんだ?」
「え?そっくりだろ」

全然、どこがだよ。
顔を顰る私を気にもせず、抱き上げた猫を目前に差し出すと、ハチはにかっと笑ってみせた。

「三郎と一緒だろ。美人なところ」

なあ、と腕の中の"さぶろー"にハチが同意を求めると、まるで「そうだ」と言わんばかりに一声鳴いた。



「ば、ばっかじゃないのか!!??」

苦し紛れに悪態をついて、赤い顔を見られぬ内に走り出せば、背後から焦った声で今度こそ本当に"三郎"と呼ばれた。






赤面三郎天使…っ!

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