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□げる
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ある日突然ふらりとやって来た客は、気付けば毎日のように部屋にいるようになっていた。

「なんだ、また来てたのか」

日課の鍛練後、部屋に戻った文次郎を出迎えたのは女王様気質な同室者ではなく一匹の黒猫。
何でも学園に住み着いた猫をそのまま生物委員会で面倒をみているとか言っていた(だが予算の上乗せは無い)。
この猫、どういう訳か、さして日当たりがいいとは言えないこの部屋を気に入り、ここ最近は専ら文次郎の出迎えを役目としている。
何をする訳でもなく、部屋の中央で丸まって大人しくしている。

「竹谷が探してたぞ。行ってやれ」

にゃあ、と猫が鳴いた。
まるで返事をするように。
しかし動く様子はない。
長く、しなやかな尾をぱたぱたと揺らすだけだ。

「………………さぶろー…」

何とも憎い理由で付けた名だ、と文次郎は思った。
しなやかな細い身体。
醸し出す凛とした雰囲気。
一つ一つの何気ない動作にすら感じる気品。
人を食ったように笑う表情さえ、美しいと感じる。
惚れた欲目もあるのかもしれない。
だが文次郎には一つ年下の天才が、一等綺麗なものに見えた。
文次郎が猫に手を伸ばせば、それまで動く気配すらなかったくせに、ひらりと身を躱した。
後は素早く、文次郎が僅かに開けていた戸口から外へ出ていく。

「……可愛くねぇな」

手が届きそうなくらい近くにいるのに、いざ近付けば遠ざかる。
誰にも触れさせる事を許さない。
そんなとこまであいつに似てやがると思いながら、先程まで猫がいた場所をそっと撫でた。



三郎、と今度は猫ではなくあの子の名を呟いた。






潮江先輩は片思いが似合う。

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