三空ラバーズに39のお題

□07.慈雨
1ページ/1ページ





雨が降りしきる。
窓に面したベッドの上で雨の降りしきる様子を眺めながら、口元に火の点る煙草を近づける。
一息吸い込めば慣れた苦味が咥内に広がり、肺を満たしていく。
肺を黒く染めていく煙を深く吸い込んで、ゆっくりと溜め息のように吐き出した。
こんな雨の日は、容易に眠りにつくことが出来ない。
別段、過去の古傷やら想いやらに囚われているなど、陳腐なことを言うつもりはない。
けれども、実際に眠りにつけないのは事実。
雨音しか聞こえない、夜。





「眠れ………ない…?」

ふいに雨音の中、聞こえてきた声。
指先に煙草を挟みながらその声のほうに振り返れば、そこには被った布団から顔だけを覗かせた、悟空の姿。
月明かりが薄く差し込む部屋の中、それでも相手の姿は容易に知ることが出来る。
今は色のわからない瞳が、こちらをじっと見つめてくる。

「眠れ……ないの?」
「……………」

その問いには答えないまま、短くなってしまった煙草をベッドサイドに置いている灰皿へと揉み消した。
まだ、視線は逸らされない。
ただただ、ひたむきなまでに見つめてくる、金の瞳。
その瞳とわざと視線を合わせないように、再び窓の外へと視線を向けた。
雨が、線のようにまっすぐ降り下りる。
再び、雨音しか聞こえない夜。





――ギシリ

ベッドのスプリングが唸る音。
音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には座るベッドが揺れる。
ベッドが数回揺れて次に来たのは、首に回された温かな腕だった。

「…………おい」

頭を抱え込むように、悟空が後ろから腕を回す。
その腕はただ回されているのではなく、どこか意思をもってこちらの体を引き寄せようとしている。

「三蔵、体たおして」

もともと力を入れていなかった体に馬鹿力が加われば、それは簡単に悟空のほうへと倒れこんでいく。
体は悟空に寄りかかるように倒され、そのままシーツの上に巻き込まれるまま倒れていった。
体がベッドに沈む。
首には悟空の腕が回されたまま。
悟空の胸に、顔を埋める格好。

「よっ、と」

片腕が離れたかと思うと、その腕は横に丸まっていた薄い布団を引き寄せて二人を包むように被せた。
再び腕は首もとに回されて、顔を胸に押し付けるように固定される。
髪の端を、指先が柔らかく梳く感触。

「これで雨の音………ちょっとは紛れないかな」

声が体を伝って、その振動を伝えてくる。
雨音はまだ止まない。
けれども、それに混じって聞こえてきた、規則正しい心臓の音。

トクン、トクン。

どこか温かな心音が、押し付けられた悟空の胸から聞こえてくる。

接する体から伝わる心音。
接する体から伝わる体温。

温かなそれらに、あれほどまでに気になっていた雨音がどうでもよくなってくる。
だんだんと重くなってくる瞼。
雨音と心音が、やけに心地良く聞こえた。





雨は、まだ止みそうにない。





END.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ