三空ラバーズに39のお題

□09.僕のたいよう
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「“たいよう”って、三蔵がですか?」
「うん」

今日は宿屋の台所を借りて、八戒がお手製のお菓子を作った。
ハチミツを交ぜて焼き上げたマフィンが、まだテーブルの上で湯気を立てている。
そのマフィンを両手に持って美味しそうに頬張る悟空の正面では、八戒がコーヒーの
入ったマグカップを片手に悟空と話を交わしていた。
ちなみに他の二人はと言えば、一人は別の部屋で黙々と新聞を読み、もう一人は昼過ぎか
ら外出中である。

「それって、髪が金色だからですか?」
「う〜ん、それもあるんだけど。なんか、雰囲気というか……あったかいような、眩しい
感じがするんだよな」

ハグハグとマフィンを食べながら、悟空自身も少し首を傾げながら八戒に話をする。
悟空の手元にもミルクと砂糖のたっぷり入ったカフェオレがあり、口の中のマフィンがな
くなったところでクィッとコップを煽った。



“眩しい”という形容は、八戒もどことなくわかる。
玄奘三蔵という男は何があっても信念を貫き、視線は真っ直ぐ前を見据える。
その姿には少し憧れを抱くこともあった。
その生き様が、“眩しい”と感じる時もある。

けれども、“あったかい”という形容詞はどうだろうか。

容姿はとてもそんな感じはしないし、口を開けば「死ね」やら「うるさい」やら、とても
最高僧とは思えない口ぶりである。
鋭い紫の瞳で一度睨まれれば、一般人にしてみれば背筋が凍る思いをするだろう。
温かいと言うよりも、冷たいのほうが適切なのでは、と思う。

「…………まあ、惚れた欲目というものですかね」
「ん?何か言った?」

小さく呟いた八戒の声は、マフィンに夢中な悟空の耳には届いていなかった。

「いえいえ、何でもありませんよ」

ニコリと微笑み返して、手元にあったコーヒーを一口啜った。
向かい合う悟空は、目を細めて幸せそうにマフィンを頬張っている。
その姿を見ているだけで、八戒は料理手としての幸せと温かな気持ちをもらうことが出来るのだ。
先ほどの太陽の話を彷彿するように、ぽかぽかと温かい気持ちになる。

悟空も三蔵の側にいる時に、こんな気持ちを抱くことが出来るのだろうか?

八戒は自分が三蔵の側にいる時を想像してみるが、とても今のような気持ちになれるとは思えない。
やはり惚れた欲目かな、とコーヒーを啜りながら悟空を見る。
その時。

――カチャリ

部屋の扉が開いて、そこから現れたのは三蔵だった。
法衣は脱いでいて、ジーンズに黒のシャツを羽織ったラフな格好なのだが。

「三蔵、どっか行くんか?」

悟空が手についたマフィンの欠片を口に含みながら、扉から現れた三蔵に声を掛ける。

「煙草がなくなった。散歩ついでに行ってくる」
「じゃあっ、俺も行きたい!!」

悟空はテーブルにあったカフェオレをくいっと飲み干すと、椅子からカタリと立ち上がって三蔵のほうへと近寄って行った。
三蔵は良いとも悪いとも返事を返すことなく、開いたままだった扉の側に立ち尽くして近付く悟空を待つ。
悟空が三蔵のすぐ側まで立つと、三蔵は無言のまま八戒に背を向けて廊下を歩いていった。

「じゃあ八戒、行ってくるなっ!」

そう笑顔で言われてしまっては、手を振って見送るしかない。
行ってらっしゃい、と笑みと共に手を振れば、悟空は部屋を先に出て行った三蔵の背中を追って行った。
部屋の扉を閉め忘れたまま出て行ったのが、なんとも悟空らしい。
やれやれと思いながら椅子に座ったまま悟空の背を見送っていると、その背中が三蔵に追いついて隣を歩く。
三蔵の手がスッと持ち上がって、悟空の髪をクシャクシャと掻き混ぜた。
悟空はその手を退けようとしているが、それでもどこか楽しそうに文句を言っている。

その、三蔵を見上げる横顔が。
とてもとても、幸せそうで。

その姿を最後に、二人は廊下を曲がって見えなくなってしまった。
部屋に残されている八戒は暫く目を丸くしていたが、フッと肩の力が抜けて一つ溜め息をついた。

「…………なんだか、あてられちゃいましたね」

二人がソウイウ関係だというのは重々理解していたが、それでもあんな風景はあまりお目見えすることはない。
久しぶりに見た気がする二人の空気に、少々気が抜けてしまった。
ただ一つ、わかったことがある。

「…………悟空限定って、ことですね」

たった一人のために大地を照らす太陽というのは、いささかどうなのかとも思うけれど。
まああの二人だから、と納得できてしまう。

椅子から立ち上がり、二人が去っていった扉をパタリと閉めた。
廊下に向かっての一言は忘れない。

「ごちそうさまです」




END.

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