BOOK

□君のいる世界
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「どうしよう?」

食事を終えた私達はタクシーを拾う事にした
けれど、すぐにはつかまりそうもない込み具合に私は困っていた


「いいよ、このまま少し歩こう」


そう言ってにこりと微笑むと先を歩き出した


「えっ?でもこんな街中まずいんじゃ…しかも私と…!」

「へーきだよ」


あっけらかんとそう言って歩みを止めて私に笑いかけた


「でも…!」


私は落ち着かない気持ちで急いでミンジュンの隣に並んだ


「大丈夫だから、そんな心配そうな顔すんな」


そう言って私の頭をくしゃっとなでた

相変わらずミンジュンは不意打ちが得意だ

彼のボディタッチはある意味博愛的だ
彼のそれには深い意味なんてないはず

だって私達はもう別れたんだから
今はもうただの友達なんだから

いや、友達とも言えないかもしれない

それなのにやっぱりドキドキしてしまうのは私の心が不実だからだろうか


ミンジュンは食事の時も今も、昔と変わらずに接してくれる
だから一年の空白なんて感じない程私達は自然に振舞っている

冗談を言い合って、他愛もない事で笑って
まるで別れた事が嘘みたいに私達は過ごしている

けれど、一年前のあの日の事はお互い口には出さない

出せない、と言った方がいいかもしれない

やっぱり私たちには一年前の別れの記憶が確かにそこにあると言わざるを得なかった


「東京はあったかいな」


ミンジュンは空を軽く見上げた


「こんなに寒いのに?でも確かに韓国だったらこんな格好じゃ凍え死んじゃうかもね」


私は小さく笑った


「でも今年の冬は特に寒く感じるよ」

「どうして?」


「きっと…名無しさんがいないせい」


そう言ってミンジュンはただ静かに私を見つめていた

ミンジュンの眼差しが痛い

どうしてそんな事言うの…?
もう何もかも吹っ切ったからこうして私に会いにきたんじゃないの?

あと少しでそう言ってしまいそうになったけれどなぜか踏みとどまった

そして私はただミンジュンを見つめる事しか出来なかった
二人足を止め立ち止まったままでいると、私の携帯が鳴り出した

私はホッとして急いで携帯を取り出した


「ちょっとごめん…」


気まずい空気を破ってくれた自分の携帯に感謝したのもつかの間、名前を見た私は心臓が張り裂けそうなほど強く高鳴って痛んだ

画面を見つめたまま私は思わず一瞬固まってしまったがすぐに着信拒否した


「大丈夫なの…?」


ミンジュンは少し心配そうにけげんそうに私をのぞきこんだ


「あ、うん、大丈夫…!」


急いで携帯をバッグの中にしまったけれど私の心は内心穏やかではなかった

隣にミンジュンがいるこの状況では絶対に出たくない相手だった


「あ、ほらまた鳴ってるよ?出た方がいいんじゃない?急用かもしれないよ」


バッグの中で鳴り続ける携帯の相手は誰だか分かってる

だから出たくない

でも拒否したら、ミンジュンに変に怪しまれるかもしれない
そう思うとやっぱり出ないわけにはいかなかった

私は迷いながらもミンジュンから少し離れて恐る恐る携帯を握りしめた


「もしもし…」

「今…どこ?」


低く、くぐもった声でチャンソンは言った


「今…外だから、後でかけ…」

「今すぐ帰って来て」


私の言葉を遮ってチャンソンは言った


「あの…後で…」


するとミンジュンが突然私の携帯に顔を近づけた


「寒いから、もっとこっちおいで」


そう言って私の肩を強く抱き、引き寄せた

私は訳が分からなくなって頭が真っ白になった

こんな街中でミンジュンにハグされながらチャンソンと電話してるなんて私の頭じゃ処理しきれない


「今の…誰…?」


電話越しからでも分かるチャンソンの怒った声
平静を装ってるけどきっと怒ってる

今まで聞いた事のないチャンソンの声に私は驚きを隠せなかった


「あの、また後でかけます」


私は訳が分からなくなって早口でそう言って急いで電話を切った

最悪だ、私…

私は自己嫌悪に陥るしかなかった


「ごめんね」


ミンジュンは私から離れると突然そう言って小さく笑った


「えっ…?」

「だって…今すごく困ってる」


申し訳なさそうに私を覗き込んだ


「そんな事ないよ!」


私はつい声を大きくしてしまった


「あ、タクシーが来たよ」


ミンジュンはタクシーを素早く拾うと私を乗せ、自分は乗らずに腰をかがめて私に顔を近づけた


「今日は楽しかった…!また、会ってくれる?
もう、困らせたりしないから…」


真剣な眼差しで私を見つめるミンジュンはすごく素敵で格好良くて一回りも二回りも成長したようだ

でもだからこそ、もう会わない方がいい気がした

私にはまだ無理だ
もう会うのはやめよう…そう思った


「あのね、ミンジュン…」


するとミンジュンはお見通しとでも言わんばかりに遮った


「もう会わないなんて言わないよね・・・?

あ…それと、さっきのヤツに言っておいて。昨日のお返しだよ…って」


不敵な笑みを浮かべてそう言うとミンジュンはまたね、と言ってドアを閉めた

私は何も言う事が出来ないまま後ろを振り返る事も出来ずにタクシーの中で深く落ち込んでいた



やっぱり会わなければ良かった

電話なんて出なければ良かった



私は深く自己嫌悪に陥っていた
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