恋すてふ♪

□二、旅館の娘
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「私は、加子です。松原加子と申します」

「加子か。宜しくな」

「はい」


男性との会話に慣れていない加子は、照れて下を向いた。


「ところでよ、こんなとこで何してんだ?」

「あ、はい。ちょっと、物思いにふけっていたと言いますか……」

「……何かあったのか?」


視線が交じる。原田は、昼間の加子の様子が、どうしても気になっていた。


「聞くのは良くねぇけど、気になるんだ」


優しい瞳。吸い込まれそうになる。
加子は、戸惑いながらも言葉を紡いだ。


「実は、十日後に輿入れするんです」

「嫁に行くのか! そりゃ、めでてぇことなんじゃねぇのか?」

「そう、なんですけど……」


濁して掻き消すような様子に、原田は首を傾げた。そして、聞いた。
それに対して加子は、あっさりと頷いた。


「おっしゃる通り、嫌なんです」

「顔も知らねぇ相手と結ばれんのは嫌だ、ってか? けどな、仕方ねぇだろ。そういう世の中だ」


冷酷かもしれないが、原田なりに励ましたつもりだった。
しかし、加子は首を横に振った。


「違うんです。……会ったことはあるんですけど、どうしても好きになれないんです」


加子は、更に続けた。


「それだけじゃないんです。文学を、両親に猛反対されているんです。詩集を作るから、出さないかと誘われているんですけど、両親からは断りの文を出すようにと。……だから明日、文を出すつもりなんですが、どうしても諦めきれなくって」


出会ったばかりだというのに、加子は原田に身の上を話していた。本当は、そんなつもりではなかったのだが、原田の眼が加子を引き込んでしまったのだ。


「あのよ、俺は文学に詳しくねぇから分かんねぇけど、お前作家なのか?」

「……恥ずかしながら」


頬を紅潮させる姿に、原田は感心しながらも筆名を聞いた。
本名で書いている作家もいるが、大概は偽名でやっているもの。文学に疎い原田でも、それは知るところだった。
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