恋すてふ♪
□十一.朗報
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――……‥‥
「これ、桔梗の間のお客様に運んで!」
「ほら、紅葉の間のお客様もうすぐ見えはるで!」
「なにしとんねん! はよ布団運び!」
「これはあっちや!」
いつもは厳格な父も、この時ばかりは目を白黒させた。
客が多いせいで、てきぱきと動くことが求められる。もちろん自分の旅館にいたときもそういうことをしているのだが、速度が違った。
こちらの旅館の方が一倍も早かったのだ。すると、そこで主人がやってきて
「これがうちの旅館です。まだまだ仕事はたくさんあります。今度は貴方たちにもやってもらいまひょ」
「え?」
「では、旦那さんは私に。奥さんは女将……私の妻ですが、それに着いていって下さい」
主人の後ろには女将らしき女性が立っていて、母を手招きした。
ここの女将は優しそうな顔立ちをしているが、仕事のこととなると豹変するらしい。
「そして、お嬢さんには一つ頼まれてほしいんです」
「わ、私ですか?」
「ええ」
主人はそう言うと、袖の下から二つに折り畳んだ紙と文を出して差し出した。
加子は、それを受け取るとまじまじと見つめた。
「この文をある方に届けてほしいんです」
「え! そんな重役良いんですか!?」
「ははっ、重役とは滅相もない。ただの文ですよ。……場所はこちらの紙に書いてあります。なに、急ぎではないです。日暮までに届けてくれさえすれば良いんですわ」
急ぎではないという割には、もう夕刻なので時間がない。
どうやら二つに折り畳んである紙は地図らしい。もしかすると、最初から加子に頼もうと思って用意していたのかもしれない。
「行ってきてくれますな?」
「は、はい!」
加子の緊張した声に、笑顔で頷く主人。
こうして加子は、京の街へ一人で出た。