恋すてふ♪

□十六.父の苦悩
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――以上の話を、父は旅館の主人に話した。


「本当に、困った娘じゃけぇもう婚姻出来んかもしれん……」


独り言のように呟く様子に、主人は何かを考える素振りを見せた。そして口を開く。


「雪子という女流作家は京の都でも有名ですな。まさか娘さんだったとは……。でも、それを知ったところで私は別に娘さんのこと白い目で見たりはしません」

「ですが、やっぱり女が作家なんて……」

「世間の考えと個人の考えは違うものですよ」


旅館の主人は、廊下の片隅に置いてある花の前に移動した。


「この花は、そこらへんに咲いている名も知らない花です。ちっぽけで、飾りとしては相応しくない。世間の旅館ではまず飾らないでしょう。……だけど、私は好きなんですよ」


加子の父も近付くと、そこには白い小さな花が数本――三寸程の細長い陶器に活けてあった。


「誰も気付かないような小さい飾りですけど、気付いたお客さんからは“可愛らしい花ですね”と評判が良いんです」

「はぁ……」

「本当は貴方も、娘さんの才能を誇らしく思っているんじゃないですか?」


主人の思わぬ言葉に、息を呑んだ。


「でなきゃ、貴方は徹底して娘さんの活動を阻止していたはずです。自ら辞退の文を出させる……本当に止めてほしければ、貴方や奥さんが文を確認して出せば良かったわけです。まさかこの案、思いつかなかったわけじゃないでしょう?」

「……」

「でも世間では違う。そう思ったんでしょうが、もし世間の人の多くが本当に本心でそう思っているのなら……娘さんの書いた作品は売れへんかった。いえ、そもそもこの世に出てくるはずのないもんやった。――雪子という女流作家の作品は、京でも人気があります。勿論、批判する人もいますでしょう。特に、文学評論をする者や既存の男性作家は。そういった人たちの言うことは、少なからず人々に影響を与えるものです」

「そういうもんなのじゃろうか」

「そういうもんですわ。昔、五代将軍の時に生類の殺生を禁止する御触れが出たと聞きますな。下町には、それを取り締まる役人がおったと聞きました。役人がおるということは、あらゆる生類に関する御触れを守らぬ者がおったということでしょうな。そういう人たちは、少なくとも世間の常識とは違う考えを持っていた、と思います。……まぁ、生類殺生禁止の御触れと比べるのは違うことかもしれませんが、女性が作家をやってはいけんという決まりはありません。女性が作家をやることへの考えを完全に変えろとは言いません。ただ、娘さんが貴方に反対されても止めないことを考えると、少しは理解してあげるのも良いかもしれませんな」


主人の言葉を、加子の父は目を瞑って呑みこむことに耽った。
その様子を見た主人は、


「それでも認めないと仰るなら、それはそれで良いと思いますが……私が偉そうなことを言える立場ではありませんしな」


と、微笑んで奥に引っ込んだ。
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