恋すてふ♪
□十七.てふの幸せ
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――……‥‥
まるで昨日のことのように思い出せるのに、もう遠い過去のような錯覚。
数年前の出来事が幻だったのではないかと思え、加子の心には儚さがいつでも付きまとう。
時は明治に入り、西洋文化と共に異国人が前よりもこの宮島にも訪れるようになった。異国の人の多くは富豪で、通訳となる日本人を連れてくることから街はより賑わっている。しかしこの海辺だけは人が多く集まっても、相変わらずゆったりとしている。瀬戸の穏やかな波が、人々の心を落ち着かせるのかもしれない。
加子が帰路をゆっくりと歩いていると、前から若い男二人が近付いて来た。そして加子に話しかけて来たのだ。
「ちょっと尋ねたいんだが……」
どうやら道を聞きたいらしい。島内で有名な寺、大聖院〈だいしょういん〉へ行きたいらしい。
「えっと、この道を真っ直ぐ行って――」
加子は、指で示しながら最短の道を教えた。しかし、それだけでは終わらなかった。
男たちは加子の腕を掴み「案内してくれよ」と迫ったのである。
加子は断りを入れたのだが、男たちは引き下がらなかった。
「ねぇ、良いじゃん」
「よ、よくないですっ」
「大聖院ってさ長い階段があるって聞いたんだよね。やっぱ癒しがないとさ、辛いじゃん?」
腕を掴む力が強くなっていく。怖くなった加子は泣きそうになりながらも
「無理ですっ」
と断る。
「良いーじゃん。ねぇ、俺達と一緒に行こうよ」
「そうそう、疲れる俺達を癒してよ」
「癒しなら、周りの木々がしてくれますって。緑が豊富ですよっ」
「君に癒してもらいたいな」
ついには強引に引っ張ろうとする。
「い、嫌っ! 離して!」
後に引けぬように一人が背後に周って加子を押し、一人が引っ張った。
もう着いて行くしかないのか、と思った時だった。
「おい」
後ろから低い男の声がした。