恋すてふ♪
□十七.てふの幸せ
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人気のない場所を探すにも、今の宮島にはあまりない。原田は普段住人しか通らない中道を進み山の方へと歩みを進めた。
そして、やっと落ち着いて話せそうな空間を見つけると加子と向き合った。
「いつまで泣いてんだよ」
「だ、誰のせい……だとっ……ぅうっ」
「……俺のせいだよな。すまねぇ」
そう言うと、原田は加子を優しく抱き寄せた。
その瞬間、加子は心の奥にあった穴が埋まっていく感じがした。辛く痛かった心が和らぎ、平穏を取り戻していく感覚――。
あっという間に涙は止まった。
「やっと泣き止んだな。……目、腫れてる」
「……!」
まじまじと見つめてくる原田。恥ずかしさが込み上げてきた加子は、原田の胸に顔を埋め抱きしめ返した。
「み、見ないでっ」
優しく後頭部を撫でてくる原田の手は、心地よかった。
そして原田はあの時のように、静かに口を開いた。
「加子、やっとお前に会えた」
「……はい」
「ずっと会いたくて会いたくて、俺はお前のことばかり考えてた」
原田の真っ直ぐな言葉に顔が紅潮する。
「初めてだった。一人の女にこれ程まで恋い焦がれるなんて……。俺らしくねぇって、自分でも思ってた」
「私も、原田さんのことが毎日離れることなくて、忘れることが出来なかった」
加子がそう言うと、原田は嬉しそうに笑った。加子には見えないが、抱きしめられる力が強まった。
「加子……お前を迎えに来た」
「え? 迎えに……?」
驚いて原田の顔を見上げると、予想以上に穏やかな目と合った。
「俺は、一度死にかけたんだ」
「えっ、大丈夫だったんですか!?」
「あぁ。江戸……まぁ今は言い方が違うが、そこの上野で死にかけた。腹がぱっくり開いたんだ」
原田の言い方に思わず「ええ!?」と声を上げた。
「ぱっくりって、ぱっくり??」
目を白黒させて問うた。
「驚きすぎだ」
「え、だって驚きますよ! お腹は!? もう大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だ。……でもま、正直死んだと思ったさ」
すると原田は急に真剣な表情になった。思い出すかのように視線を逸らし語る。
「その時、加子の顔が浮かんだ。いつ死んでもおかしくない身だと、覚悟を決めてたのにな。まだ死にたくねぇ、って思った。加子に会いたいって思ったんだ」
「……私の存在が重荷になったんですね。武士の志を揺るがすようなことに……」
「お前のせいじゃねぇよ。もし、あの時、お前に会いたいと思ったまま死んでいたとしても、それは俺の心の未熟さの問題だ。お前のせいじゃねぇ」
俯いてしまう加子。
「でも、俺は生きてた。たまたま通りかかった爺さんに助けられたんだ。慈悲深い爺さんでな、見ず知らずの死体の山を供養してやろうと思ったらしい。でも、俺がまだ息があるのに気付いた時、供養を放って助けてくれた。爺さんには嫁さんがいて、まぁ婆さんだが……二人は俺が回復するのに手を貸してくれた」
「じゃあ、その人たちがいなければ原田さんは」
「死んでただろうな」
あっさり言う原田に、加子は想像するだけで怖くなった。
加子は苦い顔を見せる。それを見た原田は再びその身体を強く抱きしめた。
「目が覚めた時、生きてるって感じた時、真っ先に思ったのは加子……お前のことだった」
「!」
「戦の勝敗なんてどうでも良かった。傷の具合からすぐにとはいかなかったが、必ずお前に会いに行こうって決めた。回復と、療養で衰えた筋肉を戻すため何年もかかったが、今こうしてお前を抱きしめられてることが一番嬉しいんだぜ?」
会いたかったと、口にする原田に加子は感極まって何も言わず抱きしめ返すことしか出来なかった。
しかし何も言わなかったことが原田に不安の影を落とす。