恋すてふ♪
□瓦版騒動
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父と兄が帰って来た時、二人は深刻な顔をしていた。
加子と弟は二人がいない間、旅館の手伝いをしていた。父はすぐに業務に戻り、加子と弟が兄から事情を聞く。
それによると、どうやらあの瓦版は偽物だということだった。
宮島瓦版を発行しているところの人も驚いていたという。こんなもの作っていないと。
それにより、然るべきところに報告すると言うことになった。ついでに加子のことも一緒に向こうが報告してくれることになったらしい。
「それはえらいことになったなぁ」
「あぁ。父ちゃんも行くって言うとったんじゃけど、旅館があるけぇって止めた」
「結局、誰が私をつけてたか分からんってこと……よね」
瓦版の正式な記者じゃなく、得体のしれない怪しい者が自分をつけていたのである。
今まで放置していたことが漸くいけないことだったと実感した。
「とにかく、加子。これからは気を付けること。怪しいもんじゃけぇ、本当にいつ襲われるか分からんけぇ」
それから島内を同心がよく見廻るようになった。
加子は不思議な事にそれからつけられているという感じがなくなったのである。
本物の宮島瓦版にも「偽物注意」という内容が載り、加子のことが書かれた偽物の続きが出ることはなかった。
これで一応は落ち着いた、はずであった――。
――……‥‥
そんな出来事から数年。
加子が、心から愛した男である原田左之助と再会して数か月経った頃。
加子は再びあのつけられている感覚に悩まされていた。
それは今朝、旅館のお使いで出てからすぐだったのでまだ誰にも言えていない。
現在進行中なのである。
(誰かついてきてる……)
出来るだけ人の多いところを歩き、帰路につく。それでも振り返ることが怖くて出来なかった。
以前のこともあり、警戒しながら歩いたが旅館が近くなったところで走ってみることにした。
人を避けながらも、自然と早くなる足。それでも気配は消えず、旅館が見えるとこまで来た時に走り出した。
すると後ろで人々の声と入り混じって、土を蹴る音がしている気がする。それで恐怖が一気に襲ってきたのである。
(早く……早く! もう少し!)
あまりにも急いていたせいか、旅館の手前の脇道から出て来た人とぶつかった。
「す、すみませんっ」
「いや、って加子?」
「え?……左之助さん?」
その顔を見た瞬間、不安だった気持ちが一気に安らぎへと変わっていった。
思わず抱き着いてしまう。
「ちょ、おまっ。ここ外だぜ?……加子?」
人前でそれは破廉恥な行為のため誰もが避ける。加子は特に恥ずかしがって、外で一緒に歩いている時でさえ一定の距離を開けている。
それなのに今はどうだろうか。
原田が不審に思い、よく見ると少し震えている気がした。
「加子? 何か――……?」
流石は時代を駆けた元新選組。武士の時代が終わっても気配への鋭さは衰えていなかった。
加子の遥か後方で誰かが見ている。ちらっと視線を向けてみるが、人が多くどこで誰がいるかは分からなかった。
だが、何となく視線を感じる。
原田は加子の両肩を掴んで離し、提案をする。
「加子、ちょっと散歩しようぜ」
「……散歩? でも、お使いで」
「頼まれたもんそれだろ?」
加子は布で包んである物を手に持っていた。
確かにこれは頼まれたものだと頷いた。
「じゃあ、それ渡して来いよ。待ってるから」
「うん、分かった」
原田の見送りもあって、今度は落ち着いて旅館に小走りで向かった。
しばらくして、加子が出てくると原田が近寄った。
「許可取って来たか?」
「うん、一緒にいっておいでって」
「そっか。じゃ、行くか」
心なしかいつもより距離が近いが、それでも一定の距離を保って歩く加子。
原田の誘導で、二人は人気のない路地の方へと歩いた。(※)
――――――――
※補足。
宮島は、というか宮島だけじゃないですが海に囲まれた島というのは大体中心に山がありますよね。
だから海の方は平らな道でも、山に近付くにつれ上り坂になってますね。
でも山ではなく、坂道の途中に店や家々が連なったりしてますよね。あんな感じのところに二人は入って行ったというイメージです。
現代の宮島では、平らな土地のところに厳島神社があったり店が集結しているのでそこに人が多く、坂道を登ると人はいますが平らなところより少なかったと思います。
昔はどうだったか知らないので、そこのところは現代基準でいきました。