掌編小説

□風の記憶
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誰も知らない世界の、誰も知らない小さなお話。



草の妖精ネネには羽が無かった。だからいつも自分の草の上に登っては空を羨ましそうに眺めていた。
ある日そんなネネの姿を見て風の妖精フーアがネネに近づいて来た。それに気付いたネネは少し寂しそうな顔でこう言った。

「君は良いね、空が飛べるから」

その言葉を聞いてフーアはクスクスと笑った。とても暗い顔をしていたのでフーアはもっと深刻な悩みだと思っていたのだ。

「じゃあ、あなたも飛んでみる?私と一緒に行きましょうよ」

そう言うとフーアはネネの腕を引っ張り、大空へとはばたいた。

「うわ〜凄いや、ボク空を飛んでる!」

嬉しそうにはしゃぐネネを何度か落としそうになりながらも、フーアはネネの腕を決して離さなかった。
フーアはネネの笑顔が嬉しかった。
今まで二人は特別仲の良い友達では無かった。話をしたのも今日が初めてだった。だけど二人はもうすっかり友達になっていた。
フーアは自分のお気に入りの場所を色々と飛び回った。そこで起こることや見るもの全てがネネにとって新鮮で、初めてだった。
だけど、楽しい時間は長くは続かなかった。
小さな泉で休んでいる途中、突然ネネが苦しみ出した。フーアはどうしていいか分からず、ただ泣き叫んだ。あまりにも大きなその声に驚いたのか、その泉に住む水の妖精が姿を現した。フーアが泣きながら事情を話すと、水の妖精はフーアを叱った。

「妖精は自分が共にする自然といつも一緒でなければいけないの。あなたは風の妖精だから風の吹く限り何処へでも行ける。でもこの子は違う。妖精を失った自然はとても脆いの。草ならすぐに枯れてしまうわ。自然と妖精は一心同体。妖精を失えば自然は枯れる。自然を失えば妖精も消えてしまうのよ」

その事をフーアは初めて知った。そして、自分の無知と愚かさを呪った。ただ消えていく友達を見ているしかないなんて………。何て無力なんだろう。
もうネネの身体は透き通っていた。
ネネは最後の力を振り絞ってフーアにこう言った。

「ありがとう」

優しい笑顔と共にネネは光となって消えて行った。



フーアは泣きながらネネの居たあの場所へと戻った。あの妖精が言っていた様にネネの草は枯れていた。その枯れた草を抱きながらフーアはネネに謝り続けた。ごめんね、ごめんね、と。

「どうして泣いてるの?」

幼い子供の声が聞こえた。
フーアが顔を上げると、いつの間にか目の前に小さな子が立っていた。その子はにっこりと笑ってこう言った。

「ボクね、さっきやっと出てこれたんだ」

その子の立っている横には小さな双葉が芽を出していた。
ネネの草と同じだった。

「泣かないでよ。そうだ!ねぇ、友達になってくれる?」


それからというもの風に愛されたその草の生えるこの場所はいつまでも心地よく優しい風が吹き続けている。




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