掌編小説

□花子さん
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放課後の学校は不思議なモノが支配している。そんな気がする。
部活を終えた生徒達が帰ると、それは更にいっそう深まる。
私はそんな人気の無くなった学校が好きだ。
私は授業が終わっても、教室の自分の席で本を読んでいる。部活には何も入っていないので、用務員さんが鍵を締めに来るまで教室に居る。生徒の中では一番最後にこの学校を出るのではないだろうか。

「篠村さん、もう閉めるよ」

用務員さんが声をかけてきた。もうそんな時間なのかと腕時計を見る。夏に向かっていく季節は外が明るいので、つい時間を忘れてしまう。

「すみません、もう帰りますね」

読んでいた文庫本を閉じて、鞄にしまう。
私は用務員さんに挨拶をし、教室を出た。
この春、学校に入学してからずっとこれを続けている為、用務員さんには自然に名前を覚えられ、親しくなった。鍵を閉めるのも、今では私の居る教室を最後にしてくれている。
上履きを履き変え、門に向かう。
ふと、学校を振り返って見上げた。
コンクリートで作られた箱。何百人もの生徒を飲み込む大きな箱。今はからっぽの箱。空虚な箱。
中身を失った箱は夜何で中身を埋めているのだろう。
そんな事を思う。
この学校は割と新しく、学校に付き物の七不思議等は聞いたことが無い。そんな学校でも、夜は知らない顔が覗くのだろうか。


―――知りたい?


「え?」

今何か聞こえた気がする…。気のせいだろうか。


―――見せてあげる


ビュッと風が吹き、砂埃が上がる。私は思わず目をつむった。
鞄が無くなっていた。
驚いた拍子に落としてしまったのだろうか。
慌てて辺りを見渡す。

「これを探しているの?」

顔を上げると、いつの間にか制服を着た少女が立っていた。
長い黒髪に大きな黒目がちの瞳。綺麗な黒髪は彼女の色の白さを際立たせていた。
その少女が差し出した鞄は私の物に間違いなかった。

「あ、それです。ありがとうございました」

受け取ろうと手を伸ばす。でも、その手はいつまでたっても鞄を握る事は無かった。
少女が鞄を腕にギュッと抱いたまま、返そうとしないのだ。

「あの…鞄……」

たまりかねて催促しても少女は返さない。
代わりにこう言った。

「鞄は後で返してあげる。それより早く行きましょう、篠村京子さん」

少女は私の腕を掴むと学校の方に引っ張って行った。
何故か逆らう気になれなかった。私の頭の中では何故この少女が私の名前を知っているのか、そのことの方が気になっていた。



再び玄関を通り抜け、下駄箱で上履きへと履き変える。
少女はどんどんと私を引っ張って行く。

「あの……貴女誰?」

二階から三階へと上がる階段の途中でようやく私は疑問を口にした。
少女もようやく止まって、振り向いた。

「私はこの学校の花子。貴女が呼ぶから出て来たの」

よく話しが飲み込め無い。この少女が学校の怪談物には必ず出てくるあの花子さんだとでもいうのか。何と言うか、突拍子も無いうえに、あまりにもイメージと掛け離れている。

「嘘だと思ってるでしょ?まぁいいわ。とりあえずついて来て」

そう言って花子さんは再び私の腕を引っ張った。



連れてこられたのは屋上へ続く扉の前だった。

「さあ着いた」

花子さんは扉を開ける。
扉は少し軋みながら開いた。ここはいつも鍵がかかっている筈なのに……。

「いらっしゃい、篠村京子ちゃん」

そこに居たのは不思議な人達。その人達が嬉しそうに私を迎え入れた。

「さあ、入って」

呆気にとられていた私を花子さんが中に引っ張って連れていく。

「ここに居る皆が夜の学校の中身を埋めているの。虚ろにならないようにね」

人体模型と骨格標本が並んで手を振っている。ベートーベンの絵画がウインクを返す。ビーナスが悩ましげなポーズをとる―――――。
みんなどの学校にもあるような七不思議に登場してくるメンバー。

「この学校は新しいから、とりあえず有名所しか居ないわ。しかも無害のね」

花子さんはそう言って、私に座る様に勧めた。すかさず骨格標本が座布団を出した。用務室からでも取って来たのだろうか。

「どうして私を?」

その問いに花子さんは微笑んで答えた。

「貴女が私たちの存在を望んでくれたから」

そして少し寂しそうな顔をして続けた。

「今七不思議の無い学校は多いわ。皆そんな事に興味を無くしてるの。恐いこと、面白いことはもっとあるから…。だからと言って怪談が消えているわけじゃ無いわ。寧ろ新しい物が増えている。でもそれは害有る物たち…だんだんと皆狂暴化してる。それを人間が望むから。学校の妖怪たちはきっと無くなる事は無いのだろうけど、数が少なくなってるの。特に無害なのは駆逐されている。望まれないから、語られないから。私たちは人間が私たちの事を語り、恐れる事で存在できる。この学校でもそうでしょ、誰もこの学校の七不思議を語らない、望まない。だから私たちも存在できない。だから七不思議は生まれない。悪循環よ。皆七不思議位知ってるのにね。自分の学校には無いと思ってるのかしら。それとも、高校生にもなるとそんなもの存在しないと決め付けてるのかしら。とにかく、私たちは今日まで存在しなかった」

そこまで一気に語ると、花子さんは私の肩に手を乗せた。

「貴女のおかげよ、篠村京子さん」

その時、私は学校を出るときを思い出した。
彼女たちは私が生み出したのか?私が望んだから。夜の学校を満たすものを。

「ありがとう」

花子さんがそう言うと、また大きな風が吹いた。
目を開けると、もう誰も居なかった。みんな居なくなっていた。
ただポツリと私の鞄が置いてあった。



あの日から学校では不思議な事が起こっているらしい。
料理室で人体模型と骨格標本が何かを話していたとか、美術室のビーナスが動いたとか、音楽室のベートーベンの目が光ったとか。
一番騒がれているのは女子トイレの花子さん。とても美人だというので、男子が特に騒いでいた。
私はというと、そんな怪談話しがあるにも関わらず放課後残る習慣は変わらない。寧ろ人気が無くなった学校が更に好きになっていた。
一人で居るとラップ音が鳴ったり、理化室の前を通れば人体模型たちが手を振ってきたり、音楽室を通ればピアノが毎回違う音楽を奏でてくれ、トイレには花子さんがいる。
私が生み出した怪たちは今学校で生き生きと暮らしている。





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