掌編小説

□ピアノの夢
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ピアノが鳴っていた。
瓦礫に埋もれたピアノが。
壊れているのか、ミの音が出ない。
弾いているのは誰?



目を覚ますと、僕は部屋の中。
最近よく見る瓦礫の中のピアノの夢。
その夢は、雨が降っていたり、雪が降っていたり、小鳥が鳴いていたりする。
だけど演奏者を見ようとすると、いつも途切れる。それは一緒。
僕はあの場所を知っている気がする。あの曲を知っている気がする。演奏者も…。
ただ、思い出せない。
記憶には靄がかかっていて、はっきりとしない。


僕は仕事の用意をして、家を出る。
満員電車で人に揉まれ、着いた会社では一日中パソコンと向かい合い、満員電車でまた家へと帰る。
電気のついていない部屋。誰も迎えてくれない部屋。
テレビを点けて、夕飯にコンビニ弁当を食べる。
昨日も一昨日も同じ。明日も明後日もきっと同じ。こんな日々の繰り返し。
そして僕は夢を見る。



ピアノが鳴っていた。
瓦礫に埋もれたピアノが。
壊れているのか、ミの音が出ない。
弾いているのは…。



目が覚める。
思い出した。この夢は僕が社会人一年目の頃から見出したんだ。
初めこの夢は音だけだった。真っ暗な闇の中、あの曲だけが響いていた。
やがて深い森のような闇を抜けると、無数のガラクタで出来た山を発見したんだ。その時もピアノの音だけは聞こえていた。
そしてピアノを発見したんだ。瓦礫に埋もれたピアノを。
それからずっと同じ様な、瓦礫に埋もれたピアノが演奏してる夢だけ見てたから、この夢が繋がっていた事を忘れてた。
今日、夢が進んだ。
弾いているのは子供だった。後ろ姿しか確認出来なかった。だけど、あの手…。


僕は仮病を使って会社を休んだ。こんなこと初めてだ。
いつもと反対の電車に乗る。朝のラッシュと少しずれた時間のせいなのか、いつもこうなのか、都心から離れていく電車はゆったりと座ることが出来た。
ぼうっと窓の外を見る。ビルたちが物凄いスピードで駆け抜けていく。
やがてビルは疎らになり、住宅街が過ぎ、緑の葉を蓄えた木が通り過ぎていく。


電車を三回乗り換え、着いたのは僕の実家のある駅だった。
歩いて家へと向かう。
ここはゆったりと時間が流れている気がする。時間は何処も一緒なはずなのに。


「ただいま」

連絡もせずに急に帰って来たから、母さんは驚いていた。でも何処か嬉しそうだった。
僕はすぐに自分の部屋に向かった。もう随分と帰っていないのに、部屋はきちんと掃除されていた。
たんすを開ける。奥から少し大きめの箱を取り出す。
蓋を開けるとそこには母さんが大切に残していた僕の荷物があった。中身は小学校からの文集や、絵、そして大切にしていた宝物。そう、小さい頃は大切だった、宝物だったはずの物。
僕はその中から、古い紙の箱を取り出した。
蓋を開ける。

「やっぱり…」


夢の中で見えた演奏者の手。
真っ白い右手に走る大きな傷。
それは僕が小さい頃に付けた傷。
変色した紙の箱に入っていたのは、ピアノを弾くからくり人形。
誕生日にねだってねだって買ってもらった人形。
大好きで、いつも聴いていた。
だけどある日誤って人形の右手を傷付けてしまった。
たしか、その日は泣いた気がする。でも、いつの間にか忘れていった。
そう、色んな物を忘れていった。
大人になるために色々な物を捨ててきた。
大好きだった物も、夢も…。
あのガラクタは僕がこれまでに捨ててきた物なのかな?

「お前が思い出させてくれたんだな」

人形があの曲を奏でる。やっぱりミの音は出ない。


僕は人形を持って、部屋を出た。

「母さん、これ壊れてるんだけど直るかな?」





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