<空想少女> 「空ってどうして青いのかな?」 少女がそう問うた。 彼女の視界に入るのは、晴れ渡った青空、遠くをゆったりと流れる白い雲。ただそれだけの世界。 学校の屋上。お気に入りのこの場所で、白いペンキの剥がれかけた鉄柵に捕まり、彼女は空を見上げていた。時折吹く風に長い髪とセーラー服のスカーフが揺れている。 彼女の傍らには少年が座っている。彼女とは反対に鉄柵に背中を預け、分厚い本に視線を落としていた。 「大気に当たった光の散乱でそう見えるだけさ」 彼は頁をめくりながら素っ気なく答えた。 相変わらず難しそうな本だ、と彼女は思った。きっと何かの専門書だろう。彼女も本は好きだが、もっぱらファンタジー小説専門だった。彼の様に知識欲のままに本を読みあさる読書家ではなかった。 「相変わらず面白くない答えね」 鉄柵に足をかけたまま腕を延ばし、体重を後ろにかけて反り返る。景色は反転し、頭に血が上るのがわかる。そのまま彼の方を見た。 「真実だもの」 逆さまの彼は相変わらず本から目を離さず、少しズレた眼鏡を直しただけだった。 「科学が真実だって誰が決めたのよ。それこそ幻想かも知れないじゃない」 その答えは彼女の気にさわったらしく、彼女は体制を直し、彼の方へ身体を向け、少しだけ声を荒げた。 「そんな事ばかり言ってるからいつも化学が赤点なんだ」 次の頁をめくりながら淡々と彼が言う。その言葉に彼女は反論することはできなかった。 彼女は頭が悪いわけではなかったが、勉強は苦手だった。好きな事、興味のある事を覚えるのは苦痛ではなかったが、意味の分からないまま、理解出来ないままただ覚えるという行為は拷問でしかなかった。皆がどうして本質を理解できないまま問題を解くためだけに暗記できるのかが不思議で仕方なかったし、そこに意味を見出だすことが出来なかった。 「だって、結局あれってどうしてそうなるか説明できてないじゃない。ただの実験結果じゃない。それが真実だってどうして言えるのよ。もしかしたら違う真実が隠されてるかも知れないじゃない。実際技術の進歩で‘真実’が変わったりしてるし」 不確かな事までも理論に当て嵌めてしまうのが嫌でしかたがなかった。例外があるのが許せなかった。 真実はただひとつ、その現象が起きるという事実。それでいいではないか。 どうして‘偉い人たち’は法則性を見付けないと気が済まないのだろうか。 「お前って科学者向きの性格だよな」 彼は漸く本から顔を上げて彼女を見てそう言った。 彼女には彼の言葉に含まれる意味が理解出来なかったらしく、あからさまに顔を歪めた。 「科学者なんて嫌よ。妖精も妖怪も否定してる奴になんかなりたくもないわ。だいたい成績悪すぎるから大学行けるかも危ういのに」 科学は彼女の好きな物を全て否定する。そんなものは居やしないのだと。ただの見間違い、妄想、妄言だと。 妖精や妖怪が居てもいいじゃないか、と彼女は思っているし、不思議なものがこの世界には居ると信じていた。小難しい電子の移動で成り立っている化学反応だって、もしかしたら目に見えない妖精が起こしているかも知れない。電子でも妖精でも反応が起こったという事実は変わらないのだから。 「本当、お前って面白いよな」 もう彼の視線は彼女から離れる事はなかった。 知りたがりで、夢見がち。強がりで、本当は弱虫。彼には彼女が理解できない。どんな本を読んでも分からない。とても不思議な存在。 「何よ、また馬鹿にしてんの」 彼女は少しむくれた表情をした。 「いや、そういうとこが好きなんだ」 真顔でそう言うと、少年は本を閉じ、立ち上がった。そろそろ休み時間が終わる。 二人は手を繋いで屋上を後にした。 |