掌編小説

□桜
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ちらちらと淡い花びらが落ちる。
この国では春になれば何処ででも見れるこの景色。
この花の名を知らない者など居ないのでは無いだろうか。

「さくら……」

ぽつりと名前を零す。
僕はこの花と同じ名前を持つ人を思い出す。
桜のように直ぐに散って、僕の前から消えていった人。
春は残酷な季節だ。嫌でも彼女を思い出す。
忘れようとしても、忘れようとしても、春が来れば桜が咲くから。


僕は春を呪う。



さくらが死んでからもう三年になる。
僕はその間に高校を卒業し、大学生になった。
だけど、さくらの時間は高校二年で止まってしまった。
さくらは僕と同じ高校の一つ下の後輩だった。
僕が三年になった春に向こうから告白された。
すぐに僕たちは付き合うようになった。
それから僕等は一緒に笑ったし、喧嘩もしたし、キスもしたし、愛しあった。
夏休みには奮発して旅行にも行った。
このままずっと続くと信じていた。
だけど僕等は一周年記念日を迎える事は無かった。

その日、虫の知らせとでもいうのだろうか、家に居なくてはいけないような気がした。友達と遊ぶ約束があったのだが、断りのメールを入れた。
電話が鳴った。悪い知らせだと直感的にわかった。
電話の相手はさくらの母親だった。彼女は泣きながらさくらの死を告げた。事故だった。

葬儀で僕はさくらの顔を見ることは叶わなかった。
さくらの死体は既に荼毘に付されていた。
損傷が酷く、娘をそのままにしておくのを親が望まなかったからだ。
僕は壷に入っている骨がさくらだとはどうしても思えなかった。
だから今でも僕の記憶の中のさくらは高校二年のままだ。

僕はさくらの事故現場には行ったことが無い。
酷い奴だろうか?でもそこに花を手向けたって、さくらが帰ってくるわけじゃない。
僕は意図的にその道を使うことを避けた。見たく無かった。



いつの間にか桜並木が途切れていた。
辺りを見回すと、そこには見覚えがあった。

「何で……」

思わず声が漏れる。
そこはさくらが事故にあった交差点へと続く道だった。
あの桜並木はここには通じていない。
僕は後戻りしようとした。
花が供えられている所なんて見たくない。
だけど身体は意に反して交差点へと進んでいく。
見たくないのに…。

事故現場には花束。さくらの両親が供えているのだろう。
そして……。


「さく…ら?」

まさかそんなわけ無い。さくらは死んだのだ。似ているだけだ。
制服の少女が振り返る。

「やっと会えたね」

僕は声を失った。
紛れも無く彼女は生前のさくらだった。

「驚いた?驚くよね普通」

僕はまだ何も言え無いでいた。
だけど恐怖は感じていなかった。
化けて出たのだとしても、さくらに違いない。
懐かしさと嬉しさ、そして後ろめたさ。

「どうして…」

「私もよくわからないけど、桜が怒ったんじゃないかな?だって淳ちゃん桜のこと怨んでたでしょ?」

「桜が?」

「うん。だって桜にしたら怨まれる理由なんて無いじゃない。だからね、私と淳ちゃんを逢わせてくれたんじゃないかな。私に何とかしろって事かも」

さくらは笑った。
それから真顔になってこう言った。

「淳ちゃんのせいじゃ無いんだよ?」

その言葉が胸に突き刺さる。
僕は逃げていただけだった。
この交差点を避けていたのも全て自分の為。
さくらが死んだのは僕のせいだから。
さくらは僕への誕生日プレゼントを買いに行く途中に事故にあったのだ。
僕と会わなければ…付き合わなければ……。

「私が事故に会うのは運命だったの。だから淳ちゃんのせいじゃ無いんだよ。だから自分を責めるのはもう止めて。淳ちゃんは優し過ぎるよ…」

「だけど!」

「もう忘れていいんだよ。私の事なんて気にせず、新しい女の子と付き合って、幸せになって。でも、完全に忘れられたら寂しいから、桜を見たら私みたいな女が居たって思い出して。それだけで私は満足だから」

そう言ってさくらは笑った。


僕は泣いた。
夜空に桜の花びらがちらちら舞っていた。


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