掌編小説

□紫陽花
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この悲しみが癒えたら、また君に会いに来るよ。
だからもう少し待っていてね。



雨が夏を連れて来る頃、僕は彼女と別れた。
別れたというよりかはフラれたのだ。
理由は彼女に好きな男が出来たから。僕よりもずっと好きな男が。
そいつとはまだ付き合ってはいない。告白もしてない。
ただ、本当に好きなのだと言う。
例えその恋が実らなくても構わない。貴方に悪いから、別れてくれ。そう言われた。
彼女との出会いは予備校で、声をかけて来たのは向こうだった。
何回か一緒に遊んで、付き合った。
彼女はいつまで僕を愛してくれていたのだろう?
そもそも愛してくれていたのだろうか?
別れ際の彼女の言葉は、まるで初めて本気で好きな人が出来たと言っているように聞こえた。
考えすぎかな?
フラれた男の言い訳だ。

別れを切り出されたファミレスから一人傘をさして帰る。
梅雨も本番で、雨は毎日の様に降っていた。
雨粒がコンクリートを打つ音と、ビニール傘を打つ音。
雨音に支配された世界で、違う言葉が聞こえた。

『どうして泣いているの?』

それは僕に投げ掛けられた質問の様に思えた。
立ち止まり、辺りを見回すが、誰もいない。
幻聴が聞こえるなんて、思った以上に精神がまいっているのようだ。
早く家に帰って、寝よう。そう思って再び歩き出そうとした、その時。

『どうして隠すの?』

それはやはり僕の耳に届いた。
辺りには民家の壁と、公園から覗く紫陽花。

『悲しいなら泣けばいいのに』

声は紫陽花から聞こえてくるように思えた。
何だか自分がわからなくなった。
心が壊れるほど僕は彼女を愛していたのだろうか?
愛していたのは事実だが、そこまで彼女を思っていたのだろうか…。

『どうして自分の心に嘘をつくの?』

「嘘なんて…」

『強がる必要なんて無いのに』

紫陽花は僕の心を揺さ振る。

僕は……

僕は………彼女が好きだ。

そうだ、僕は彼女を愛してた。
いや、愛してる。今も。

『泣いてもばれないよ。だって今日は雨だから』

雨が全て流してくれる。
涙も、この思いも……きっと。
傘を下ろす。
頬に、身体に、雨粒が当たる。
濡れた身体からは水滴が流れては落ちる。
暫く天を仰ぐと、紫陽花を見た。

「ありがとう」

『……貴方のあんな顔見たく無かったの』

紫陽花は恥ずかしそうにそう言って、黙った。





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