掌編小説

□空の子
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何も変わらない日常。勉強勉強とうるさい大人達。なれあいだけの友達関係。
すべてがウザい。
今生きていることが、今こうしていることが……。
家にいれば親がうるさい。
今こうして学校にいることもしんどい。
目の前では知ったかぶりの大人が偉そうな事ばかり並べている。
お前達に何がわかるって言うんだ?
最近、頭の中の声が日に日に大きくなっているような気がしてならない。

『死んでしまえ、みんな死んでしまえばいいんだ。すべて消えてしまえばいいんだ』

頭の中にいる誰かが最近よくそうやって俺に囁きかける。
そいつは弱いから、俺は弱いから、決して俺に、自分に死ねとは言わない。
自殺なんか考えただけでもばかばかしい。
死んでしまえばすべてが終わるのだから。
今でもそれなりに楽しいことはある。
「くだらない」とよく親や教師みたいな大人は言うけど、俺はそれなりに楽しいし、別にくだらないとも思わない。
すべてにおいてズレているんだ、価値観が。
面白みの無い、生きているのか死んでいるのかわからないような大人たちとは。
生きているか死んでいるかわからないのは俺も同じかもしれないけれど。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
昔はそれなりに楽しかったし、頭の中でこんな声もしなかった。
死についてなんか考えたことすらなかった。
ただ一日を精一杯遊んで、楽しく過ごせていたのに。
いつからだろう、こんなに心を病んでしまったのは。
そう……俺は病気だ。
きっとそうだ。
こんなにも世界が白黒で、鬱陶しくて、嫌になるなんて。

「きりーつ」

どうやら授業が終わったらしい。
いつもえらそうな数学教師は毎日のように言う言葉を残して去っていった。

「お前ら、どうせ暇なんだからちゃんと今日やったとこの復習ぐらいしておけよ。そうでなくともお前らはやり方が甘いんだ。そんなんじゃ、もっと上の高校の生徒に受験で勝てないぞ」

此処の教師達は、二言目には受験か勉強だ。
俺たちはこの学校の名前を売るためだけの道具なんかじゃない。
それに、お前達みたいに暇じゃないんだ。
大人から見ればどうでもいいことかもしれない、でも今の俺達にとっては重要なことだって山ほどあるんだ。

「なぁ、今日の予習やった?俺まだなんだよ、やってるんならみせて!頼むよ」

こいつとそんなに親しかったっけ?
いつもは思わない疑問が浮かんだ。
高校入ってから、何となく喋るぐらい。
何でこいつにいつも俺がやってきた答え見せなきゃならないんだ? 俺、一回もこいつからノート借りたことなんてないぞ?

「別にいいよ」

疑問に思いつつもノートは貸す。
結局誰からも嫌われたくないと思ってるんだ。
イイコでいれば何かと便利だから。
自分を偽っているとしても、そのために得られる利益に比べれば。
何事にも保険は必要。
頭のどこかではいつもそう考えてしまっている。そんな自分が嫌だった。

「ちょっ、おい!どこ行くんだよ、もうすぐ授業始まるぞ!」

いつの間にか席を立っていた。
その場所に居たくなかった。
ちゃんと授業を聞いているふりして、大人たちのくだらない説教を聴いて、結局嫌な思いして、今度はくだらない陰口に付き合うんだ。嫌われたくないから、いい子で居たいと思っているから、俺は大人しく同意するんだ。大人たちにもみんなにも。結局自分の事を隠して。本当はどうでもいいんだ。何で勉強するのかもわからないし。何でこんなにも縛られなくてはいけないかも、本当に頑張って効果はあるのかも。俺は別にこんな事していたくないんだ。これがしたいってものはないけど……。でも、わからない。理由が見つからない。将来のため?将来なんて誰にもわからないじゃないか。学力なんて関係なく人生で成功している人もいっぱいいるじゃないか。好きなことやって生きている人なんていっぱいいるじゃないか。俺と同じ歳でもう立派なやつもいっぱい。どうして……。
逃げるように階段を駆け上がった。
外に出ないあたりがまだまだ……。
でも、俺にとってそれは精一杯の反抗だった。
反抗……いや、少し違うかもしれないが。
階段をすべて駆け上がると壁にぶちあたる。
当たり前のことだ、どこの学校でもほとんどそうだろう。
重い鉄の扉が行く手をさえぎっている。
だが俺の学校の場合、小さな窓があってそこから頑張れば屋上にはいつでも入れる。
鐘が鳴り、息苦しい沈黙に支配される前にコンクリートで固められた牢獄から這い出たかった。
風がすっと頬をなでる。
広がる視界。
解放……。
心地よい風に吹かれながらゆっくりと前へ進んでいった。
全面に広がる見慣れた青。

「気持ち〜」

自然とそんな言葉が出た。
俺は柵にもたれかかって目を閉じた。
聞きなれたチャイムがゆっくりと鳴り響く。

「あ〜あ、サボり決定だな」

その言葉と同時に柔らかい笑みさえこぼれた。
とてもすがすがしい気分だった。
どうやらこの時間に体育は無いらしく、とても静かだった。
目を開けた。
空ってこんなに広かったんだ……。
ずっと忘れてたようなきがする。
こんなにも青空は綺麗だったんだ。
いつからか空を見上げるなんて事はしなくなっていた。
空の青さなんて気にしなくなっていた。
気にしていたのは天気だけ。
その他はすべて一緒のように感じてしまっていた。
いつも見る空は四角に切り取られた空だったから……。
制服が汚れるのもまったく気にせず屋上の床に寝転がった。
空と雲だけが見えた。
ゆっくりと時だけが流れる……。
笑いがこみ上げてきた。
耐え切れずに俺は大声で笑った。
久し振りに笑った。
腹が痛くなるまで笑った。
気持ちよかった。
空はこんなにも広い……。
俺はなんてちっぽけなんだろう。
俺が悩んでたことはなんてくだらないんだろう。
空も雲の時間も流れている。
ゆっくりだけど確実に流れている。
同じ空は二度と無いんだ。
すぎてしまった時間が戻らないように。
昔の方がよかったなんて誰でも言える。
でも、もう戻ることなんて出来ない。
無理なことにすがろうとして、その分また時間を無駄にしているんだ。
今苦しいのはしかたないじゃないか。
どうせ何処に居てもそれなりの苦しみはいつもあるんだ。
何もやっていないのに、そんな勇気も無いのに愚痴ばかり言うのはよそう。
他人を羨んでもしかたないじゃないか。
その人がどんなに努力して、苦しんできたかわかるわけないんだから。
あいつと一緒に居るのも、話が合うからじゃないか。
知り合った期間なんて関係ない。
なんてくだらないことで悩んでいたのだろう。
空はこんなにも広いし、青いのに。
風はこんなにも気持ちいいのに。
これからも疑問はいっぱい持つだろう。
嫌なこともあるだろう。
どうしようもなくなったらまたここに来ればいいさ。
また空を見上げて自分の時間を持てばいいさ。
時間に追いまわされてる俺たちだから、たまには逃げたっていいだろ?
ほんのちょっとでまたやる気になれれば、何時間分もの価値はあるさ。
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
なんて一時間が短いのだろう。
もう一時間居たい気もするけど、もう大丈夫。
頭の声もなくなるだろうし、先生達の一生懸命さもわかるような気がしてきた。
人とももう少し上手く接することができるようになりたいな……。
きっと上手くいくだろう。
自分が頑張りさえすれば。
終わったことは仕方が無い。
前を向いて生きなきゃ。
空はいつでも俺たちの上に広がっているんだから。

「さ〜て……さっきサボったいいわけどうしようかな〜」


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