短編小説

□身代り製作会社
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「もう! 何度言ったらわかるの!」

怒るママは僕は好きじゃない。
どうしてそんなに怒鳴るの?
僕は一生懸命やってるんだよ?
でもうまくいかないんだ。
別にママのことを怒らせたいんじゃないんだよ。
わかってよ……ママ。
ああ、そうか。
ママは僕のことが嫌いなんだ……。
僕が悪い子だから。
きっとママはもっといい子がほしいんだ。
僕なんて要らないんだ。
だからきっと僕に冷たく当たるんだ。
僕のこと怒鳴るんだ。
じゃあ僕はいなくなった方が良いんだね。
バイバイ、ママ……。
いい子になれなくてごめんなさい。
ママ、愛していたよ。



ママにひどく怒鳴られた日に、僕は家出をした。
初めての家出だったし、初めて一人で町をぶらぶらした。
人はみんな大きくて、踏み潰されそうだった。
誰も僕の事なんか見てなかった。
やっぱり僕は要らない子なんだね……。

「ぅわっぷ」

急に風が吹いて僕の顔に一枚の紙が飛んできた

「あなたの、のぞみ……かなえます。あなたがのぞむあなたをつくってさしあげましょう?」

声に出して読んだ。
僕は初め意味がわからなかった。
でももし本当に願いをかなえてくれるのなら……。
僕は慌ててその紙に書いてある住所に行こうとした。
でもその紙には何処で願いをかなえてくれるか書いてなかったんだ。
僕は崖の上から突き落とされた気がした。
でも捨てることができなくて、僕はその広告をポケットに突っ込んだ。
それから町は人が多いから、近くの公園に避難することにした。



公園には余り人がいなかった。
僕はとりあえず木の下のベンチに座ってあの広告を開いた。
何度読み返してみても、住所らしきものはまったく載ってないのである。
僕は大きくため息をついた。
そのときだった。

「坊や、身代わりがほしいのかい?」

はっとして顔を上げるとそこには黒いスーツに黒い帽子をかぶった人が立っていた。
逆光のせいで顔ははっきりと見えなかった。

「おじちゃんだれ?」

「おじちゃん……坊や、私はまだおじちゃんと呼ばれるような年齢ではないのだが……。まあいい。君は身代わりがほしいのかい?」

「みがわり?」

「そう、身代わり。君とまったく同じ人間を作るんだ。もちろん、ご要望があればどんな人でもつくって見せるがね」

「じゃあ、ぼくもつくってくれるの!」

「もちろんさ。どうだい、欲しいのかい?」

「うん!」

「そうか、じゃあこんなところでは何だから会社に向かうとしようか」

そう言って僕はこのおじちゃんについて行った。
もう僕には帰るとこなんて無いんだから、どうにでもなれと思った。
でも、身代わりというやつに心惹かれてもいた。
とりあえず僕らは公園を後にした。



「さあ、ついたよ」

いつのまにか僕は眠っていたらしい。
確か公園を出て車に乗ったんだ。
それから……今はへんてこりんな場所にいる。
だだっぴろい何も無い場所に、子供の落書きをそのまま現実に引っ張りこんできたような大きな家が一軒だけ建っていた。
こんな場所あの町にあったっけ?
もしかしたら遠くの知らない町にまでつれてこられたのかもしれない。
もう後戻りはできない。
きっともうママにはあえないんだ。
そう思うと少し悲しくなってきた。

「どうしました? 契約は無しということにいたしますか?」

僕は首を振った。

「ではまいりましょう」

そう言っておじちゃんは僕の手をひいてへんてこな家に入っていった。



家の中は外から見たのとまったく違っていた。
どうしてあんな家にこんなにも空間があるのだろうか?
中は断然広かった。
僕が驚いて、ぽけ〜っと口を開けて辺りを見回しているとおじちゃんは僕の肩をたたいてこう言った。

「あの赤い扉の部屋の中で待っていてください」

そう言われて僕は赤い大きな扉の前まで少し早足で行った。
ここでいいのか確かめようと後ろを振り向いたら、もうおじちゃんは居なくなっていた。
とりあえず僕は大きな赤い扉を開けた。

「ぅわ〜……」

僕は思わず声を上げた。
部屋の中も、扉の色と同じで真っ赤だったのだ。
赤い壁に囲まれた部屋には、赤いソファーが2つに、赤いテーブル、赤いカーテンに、窓ガラスまでも真っ赤だった。
僕はとりあえず赤いソファーに腰をかけた。
すると……。

「やあ、待たせたね」

いつ入ってきたのだろう。
真っ赤な部屋にすごく存在感のある黒のおじちゃんが現れた。
いつのまにか僕の後ろで、ジュースの入ったコップを持って立っていたのだ。
驚いた僕におじちゃんは少し笑った。

「そんなに驚かなくても。はい、ジュースはオレンジでいいよね」

そういって片方を僕に手渡した。
おじちゃんは僕の向かいのソファーにどかりと座った。
帽子を深くかぶっているせいで顔はよく見えないけれど、確かにそんなに歳はいってい無いように見えた。

「で、君はどういった身代わりをご希望かな?」

おじちゃんはいきなり本題に入った。
僕はちょっとびっくりした。
確かに身代わりはほしいけど……。

「あの……ぼく……おかねそんなにもってないよ?」

会社というぐらいだからきっとお金は取るだろう。
僕はホントにちょっとしか持っていなかった。
でもそれが僕の全財産だったんだ。
お金持ってないなんて知ったらきっと大人達は僕を見捨てるだろう。
早く出てけと言って、このどこかわからない場所に放り出されてしまうんだ。
そしたら確実にぼくはもうママのもとへは帰れないだろう。
少し家を出てきたことを後悔した。

「お金のことならかまいません。すべてはどのような身代わりが必要か、そしてなぜそれが必要かという理由を聞いてからでないとなんともいえません。資金のことは気にしないでください。こちらでできる限りの対処はさせていただきます」

おじちゃんはにっこりと優しく笑った。
僕はなんだかほっとした。

「では、本題に入らせていただきますね。どのような身代わりをお望みですか?」

「えっとね……ママがだいすきなこ。ママのいうことなんでもきいて、ママをおこらせないこ。ママがじまんできるようなこ。ママのりそうのこども」

僕はそう言ってて悲しくなってきた。
僕じゃママを喜ばすことはできないんだから……。

「ママに関してばかりですね……。君のことはいいのですか?」

「いいよ……ぼくのことなんか。ママがしあわせになってくれればいいんだ」

「ではなぜあなたが身代わりを必要としているか、その理由を伺います」

「ぼく……ママにきらわれてるんだ。いっつもママのゆうこときけなくて、おこらして……。だからぼくいえでしてきたんだ……。きっとぼくはままのこどもじゃないんだ。ママにあいされてないんだ。がんばったんだよ、ぼく。いっしょうけんめい……でもいっつもしっぱいするんだ。だめなんだ……。だからせめてぼくのみがわりをつくれるんだったら、ママにあいされるぼくをつくって。ママのりそうのぼくにして」

おじちゃんは「わかりました」とだけ言って部屋を出た。
僕はもう、どうしようもなく悲しくなって真っ赤な部屋で一人で泣いていた。



「やあ、おきたね」

泣き疲れて眠ってしまっていたのだろうか、起きたら周りは白かった。
そして僕の目の前には知らない男の子が僕を覗いていた。
僕が目をこすりながら起き上がると、男の子は嬉しそうに色々と質問してきた。

「きみはだれ? どこからきたの? どうしてここにいるの? ねえ、なんさい? ぼくといっしょぐらいだよね?」

僕は戸惑いながらも1つづつ答えていった。
彼とは同じ歳だった。
そして、ここに居る理由も同じだった。
彼もママに嫌われてたんだ。

「ぼくのところもおなじだよ。いっつもおにいちゃんとくらべられるんだ。ママはおにいちゃんのほうがすきなんだ。ぼくなんていらないんだ。これはないしょだよ、ぜったいいわないでね。」

僕がうなずくと彼は少し恥ずかしそうに、ここに居る理由を話してくれた。

「あのね、ぼくおねしょをしっちゃったんだ。いっつもやってるわけじゃないよ、たまたまだったんた。そしたらママはとてもおこって、こんなとしになっておねしょをするこはうちのこじゃありませんっていったんだ。ぼくすごいショックでさ、かなしかったけどいえをとびだしたんだ。やっぱりぼくはママのこじゃなかんたんだよ。そしたら、へんなこうこくをひろって、くろいふくのひとにここまでつれてこられたんだ。きみといっしょだよ。」

彼は昨日ここに来たそうだ。
ぼくは同じ悩みを持っている子にあえて嬉しかった。
彼とぼくとはすぐに友達になった。
この部屋には僕ら以外にも何人も子供がいた。
この部屋には子供しかいないと彼は教えてくれた。
女の子も、男の子も、僕より小さな子も、大きな子も、一緒になって遊んでいた。
僕もその中に入れてもらった。
みんなとても優しかった。
だから少しの間だけ、ママのとこから離れて悲しかった思いはまったく吹き飛んでしまっていた。



どの位遊んでいたのかわからなかったけど、おじちゃんが僕を呼びに来た。
身代わりができたんだって。
僕は白い部屋を出ておじちゃんについて行った。
広くてへんてこなこの家の扉はすべて色分けされていた。
すべての扉に色がついていて、同じ色の扉は無かった。
僕が連れてこられたのは、青の扉だった。
やっぱりその部屋も青かった。
でもすべてが真っ青なわけじゃなかった。
まるで空の上にいるような、不思議な空間だった。
僕はその空の上で雲に乗っている僕を見た。
それは何処からどう見ても僕だった。

「どうです? お気に召しましたか? 何から何まであなたそっくりに仕上げました。でもご要望の点はすべて反映されていますよ」

僕の目の前の僕がにこりと笑った。

「はじめまして」

声までも一緒だった。
これならばれないかも知れない。
目の前にいる僕が僕として生きていくんだ。
僕の代わりにママを愛し、ママに愛され、ママの喜びとなるんだ。

「どうですか? この子に決めますか?」

僕はこくりとうなずいた。

「そうですか。では、少しばかり守っていただかないといけないことがあります。それを承諾していただけない場会いは、この話は残念ながら無かったことにさせていただきます。」

僕は少し驚いた。が、すぐにまた、うなずいた。

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。簡単な事ですから。ただ、あなたの身代わりがあなたの身代わりである以上、つまり、彼があなたとして生活するのですから、あなたはあなたのママのもとに帰ることはできません。それだけでなく、少しでもあなたのことを知る人の近くにはいけません。つまり、まったく知り合いがいない場所で生活してもらいます。もしもばれればそれで終わりですし、こちらの営業にも支障が出ます」

僕は泣いてしまった。
もう戻れないことはわかっていたけど、改めて言葉にして言われるととても悲しかった。
それに、どうやって生きていけばいいのだろう。
ママのところはもちろん、おじいちゃんや、おじちゃんの家にもいけない。
僕はどうすればいいんだろう。
言いようの無い孤独感がその時いっきに押し寄せた。
僕はただ泣くしかなかった。

「心配しなくても大丈夫ですよ」

泣いている僕に、おじちゃんは優しく声をかけてくれた。
そっと僕の肩に手を置きながら。

「先ほど白の部屋に子供達がいたでしょ。あなたもそこにいればいい。あそこの中では何もかも自由です。もう友達ができていたようですから、その子にいろいろ教えてもらえばいい。何も心配することは無いんですよ」

そう言われてうなずいたものの、僕は心配でたまらなかったし、少し怖かった。





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