短編小説

□血鎖
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ちくしょう! 最悪だ! 今日は運が悪すぎる。
クソッ、甘く見すぎていた。あのイカレ神父……今度会ったらぶっ殺してやる!
その前に、早く……。

新月、本当の闇が支配する夜。そんな素晴らしい夜なのに、オレは惨めな姿で人気の無い街をふらついた足取りで進んでいた。
忌ま忌ましい。これも全てあいつのせいだ。オレを付け狙うあの聖職者。顔を思い出すだけでも吐き気がする。
ああ、胸のキズがうずく。早く見つけないと、このままじゃ……。
そうは言っても、本当に人気の無い街だ。いや、オレの鼻が利かなくなっているのか? もしそうなら、選んでいる暇は無い。誰でもいい……まだ力がある前に…。
辺りを見渡すと大きな屋敷が目に入った。
あの屋敷にしよう。ここらで一番大きな屋敷だ。あそこならそれなりのが居るだろう。
オレは音も無く飛翔した。
 


屋敷の窓に降り立ち、中の様子を探る。
ベッドが一つ。中には確かに誰かが寝ている。しかし……。
嗅覚だけでなく、聴覚まで弱ったのか、中の音が拾えない。これじゃあ歳だけじゃなく、男か女かさえわからない。
仕方ない。選ばないって決めたんだ。
でも……お願い、美人でいてくれ!
窓を開け、風と共に中に滑り込み、辺りの闇と同化する。
部屋の主はで異変に気付いたらしく、ベッドから起き上がる。
思わず息を飲んだ。
この部屋の住人は、見たことも無いほど美しかった。
今宵の闇にも負けぬような漆黒の髪。整ってはいるが、まだ何処か幼い少女の面影。異国の服から覗く、真珠のような肌。触れたら壊れてしまいそうな位細い体。
全て月並みな表現だと思う。だけど本当にそう思った。
ここ一番の当たりだ! こんな日にこんな美女に出会えるなんて、日ごろの行いが良いからに違いない。
逸る気持ちを押さえて、機会を伺う。
少女は窓を閉めると、ひたひたと音を立てて再びベッドに戻った。
ベッドに入ろうとしたその時、オレは背後から少女の首筋へ噛み付こうとした。
が、少女は事もあろうにオレのみぞおちにケリをくらわせた。
予想外の行動にオレは受け身も取れず、そのまま後ろへ倒れ込んでしまった。

「何の用だ、変質者」

オレの幻想は音を立てて崩れ去った。



かわいらしい悲鳴。蜜のように甘い血。それらがオレを癒してくれるはずだった。
なのに、目の前の絶世の美女はオレを見下して、睨んでいる。

「何の用だと聞いている」

命令口調の尋問は続く。

「あ……その……えっと…………」

「はっきりしろ!」

どうしてこのオレが人間の女にビクビクしなくちゃいけないんだ?
これも全てあの神父のせいだ。力さえあれば、こんな女……。

「言いたいことがあるなら、はっきりと言え」

「いや、何でもないです……」

目を反らす。
気の強い女は苦手だ。
早く違う女を探さないと……。か弱くて、可憐な、可愛い少女を。
どうして此処から逃げ出そうか?
とりあえず……あれ?可笑しいな……身体が……。

「おい、どうした? おい!」



目を開けると天井と少女の顔。
倒れたのか?

「お前、どうして言わなかった?」

「何を?」

「その胸のキズ。普通なら死んでるぞ」

上着は脱がされ、胸には白い包帯が巻かれていた。意外と上手い。
しかし、切り傷ならまだしも、えぐれた傷にこの程度の処置ではどうにもならない。
ただ、少女がこのようにしてくれたことがあまりにも意外で、不思議な感じだった。

「この程度じゃ死なないよ。極端に弱るけどね。だってオレ、バンパイアだもん」

そう、この程度じゃ死なない。死ね無い。

「バンパイア? 何だそれ?」

少女はキョトンとした顔でオレを見つめ返した。

「知らないのか?!」

少女は首を縦に降る。
だから驚かなかったのか?
確かに少女は異国の服を着ている。でも言葉は通じている。単に知らないだけなのか? この国に住んでいて? 珍しい。
まぁいい。ここは素直にお願いしてみるか。
というか、何かできる力はもう残っていなかった。

「あんたの血を頂戴」

少女は眉をひそめる。

「血を飲んだら、オレは回復するの。キズも塞がる。こんなのは気休めにもならない」

包帯を剥ぎ取る。
赤い血がついていた。

「バンパイアというのは、妖怪の類か?」

少女はあまり驚きも、怖がりもせず真面目に、聞いてきた。
鼻で笑うか、馬鹿な事を言うなと怒るかと思ったのに。
掴み所の無い少女に困惑しつつ、オレは問いに答えるために頷いた。
妖怪とは少し違う気もしたが、細かいことはどうでもいい。少女が納得さえすれば。

「分かった。だだし、条件がある」

少女は少し考えて、答えを出した。しかし、こういう条件付け加えて。

「私の物になれ」

何を言い出すんだ、こいつは?
呆れて声も出なかった。
しかし、解答を迫る少女の目は本気だった。
まぁいい。血だけ貰って、さよならだ。



黒髪のかかる白い首筋は色っぽい。
惜しいな、大人しくしてさえいれば美人なのに……。

「早くしろ」

首筋に見取れていると、睨まれた。
やはり苦手だ。
首筋に牙を立て、噛み付く。口中に広がる温かい血。ゆっくりと溢れ出るそれを飲む。
少女の血が体内を駆け巡り、失われた力が戻る。
このまま全て吸ってしまおうか? 人間との約束なんて守る必要なんて無い。
そう考えたが、止めた。
何となく……。そう、気まぐれだ。


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