ちくしょう! 最悪だ! 今日は運が悪すぎる。 クソッ、甘く見すぎていた。あのイカレ神父……今度会ったらぶっ殺してやる! その前に、早く……。 新月、本当の闇が支配する夜。そんな素晴らしい夜なのに、オレは惨めな姿で人気の無い街をふらついた足取りで進んでいた。 忌ま忌ましい。これも全てあいつのせいだ。オレを付け狙うあの聖職者。顔を思い出すだけでも吐き気がする。 ああ、胸のキズがうずく。早く見つけないと、このままじゃ……。 そうは言っても、本当に人気の無い街だ。いや、オレの鼻が利かなくなっているのか? もしそうなら、選んでいる暇は無い。誰でもいい……まだ力がある前に…。 辺りを見渡すと大きな屋敷が目に入った。 あの屋敷にしよう。ここらで一番大きな屋敷だ。あそこならそれなりのが居るだろう。 オレは音も無く飛翔した。 屋敷の窓に降り立ち、中の様子を探る。 ベッドが一つ。中には確かに誰かが寝ている。しかし……。 嗅覚だけでなく、聴覚まで弱ったのか、中の音が拾えない。これじゃあ歳だけじゃなく、男か女かさえわからない。 仕方ない。選ばないって決めたんだ。 でも……お願い、美人でいてくれ! 窓を開け、風と共に中に滑り込み、辺りの闇と同化する。 部屋の主はで異変に気付いたらしく、ベッドから起き上がる。 思わず息を飲んだ。 この部屋の住人は、見たことも無いほど美しかった。 今宵の闇にも負けぬような漆黒の髪。整ってはいるが、まだ何処か幼い少女の面影。異国の服から覗く、真珠のような肌。触れたら壊れてしまいそうな位細い体。 全て月並みな表現だと思う。だけど本当にそう思った。 ここ一番の当たりだ! こんな日にこんな美女に出会えるなんて、日ごろの行いが良いからに違いない。 逸る気持ちを押さえて、機会を伺う。 少女は窓を閉めると、ひたひたと音を立てて再びベッドに戻った。 ベッドに入ろうとしたその時、オレは背後から少女の首筋へ噛み付こうとした。 が、少女は事もあろうにオレのみぞおちにケリをくらわせた。 予想外の行動にオレは受け身も取れず、そのまま後ろへ倒れ込んでしまった。 「何の用だ、変質者」 オレの幻想は音を立てて崩れ去った。 かわいらしい悲鳴。蜜のように甘い血。それらがオレを癒してくれるはずだった。 なのに、目の前の絶世の美女はオレを見下して、睨んでいる。 「何の用だと聞いている」 命令口調の尋問は続く。 「あ……その……えっと…………」 「はっきりしろ!」 どうしてこのオレが人間の女にビクビクしなくちゃいけないんだ? これも全てあの神父のせいだ。力さえあれば、こんな女……。 「言いたいことがあるなら、はっきりと言え」 「いや、何でもないです……」 目を反らす。 気の強い女は苦手だ。 早く違う女を探さないと……。か弱くて、可憐な、可愛い少女を。 どうして此処から逃げ出そうか? とりあえず……あれ?可笑しいな……身体が……。 「おい、どうした? おい!」 目を開けると天井と少女の顔。 倒れたのか? 「お前、どうして言わなかった?」 「何を?」 「その胸のキズ。普通なら死んでるぞ」 上着は脱がされ、胸には白い包帯が巻かれていた。意外と上手い。 しかし、切り傷ならまだしも、えぐれた傷にこの程度の処置ではどうにもならない。 ただ、少女がこのようにしてくれたことがあまりにも意外で、不思議な感じだった。 「この程度じゃ死なないよ。極端に弱るけどね。だってオレ、バンパイアだもん」 そう、この程度じゃ死なない。死ね無い。 「バンパイア? 何だそれ?」 少女はキョトンとした顔でオレを見つめ返した。 「知らないのか?!」 少女は首を縦に降る。 だから驚かなかったのか? 確かに少女は異国の服を着ている。でも言葉は通じている。単に知らないだけなのか? この国に住んでいて? 珍しい。 まぁいい。ここは素直にお願いしてみるか。 というか、何かできる力はもう残っていなかった。 「あんたの血を頂戴」 少女は眉をひそめる。 「血を飲んだら、オレは回復するの。キズも塞がる。こんなのは気休めにもならない」 包帯を剥ぎ取る。 赤い血がついていた。 「バンパイアというのは、妖怪の類か?」 少女はあまり驚きも、怖がりもせず真面目に、聞いてきた。 鼻で笑うか、馬鹿な事を言うなと怒るかと思ったのに。 掴み所の無い少女に困惑しつつ、オレは問いに答えるために頷いた。 妖怪とは少し違う気もしたが、細かいことはどうでもいい。少女が納得さえすれば。 「分かった。だだし、条件がある」 少女は少し考えて、答えを出した。しかし、こういう条件付け加えて。 「私の物になれ」 何を言い出すんだ、こいつは? 呆れて声も出なかった。 しかし、解答を迫る少女の目は本気だった。 まぁいい。血だけ貰って、さよならだ。 黒髪のかかる白い首筋は色っぽい。 惜しいな、大人しくしてさえいれば美人なのに……。 「早くしろ」 首筋に見取れていると、睨まれた。 やはり苦手だ。 首筋に牙を立て、噛み付く。口中に広がる温かい血。ゆっくりと溢れ出るそれを飲む。 少女の血が体内を駆け巡り、失われた力が戻る。 このまま全て吸ってしまおうか? 人間との約束なんて守る必要なんて無い。 そう考えたが、止めた。 何となく……。そう、気まぐれだ。 |