〜短編集〜

□散雨、流髪を濡らす
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 ここは、常に雨が降っている街だ――。



 珍しく『リーダー』が、『暁』メンバーに召集をかけた。


 ――この里に、『実体』で来い――


 一番に到着したのは、イタチと鬼鮫のツーマンセルだった・・・。
 他のツーマンセルは、まだこちらに向かっているという…。

 待機…という名目で、通された部屋の窓から、無機質な建築群の風景が見える。
 どこか猥雑で、無感情なその広がりに一瞥をくれると、イタチは静かに椅子の上に腰を降ろした。

「イタチさん、足を…」 
 鬼鮫から渡されたタオルの一枚は、濡れた髪を拭く。もう一枚は、目の前にひざまずいた、相方の膝の上に乗せて『拭かせる』のだ…。


 雨に降られて、足元を濡らすと、相方はいつも決まって自分の足を拭く。
 最初は拒絶していたが、あまりにも熱心に『口説く』ので、根負けして "一度目" を許してしまった…。


 以降、ずるずると、この作業を任せているのだが…。
 


 解いた頭髪は、タオルの生地に挟み、叩きながら水分を取る。
 下は、下衣を膝までたくし上げた素足を、鬼鮫に任せている。

 その姿から目を逸らすように、イタチは窓の向こうの灰色の風景を見遣った。
 自分の目の前で、ひざまずく人物を見下ろしていると、遠い昔の過去が思い出されるのだ――。 








 あれは、まだ、九つか十の頃、ぬかるみに足を取られ転んだ弟を背負って帰った日だった…。

 激しく降る雨に、全身ずぶ濡れになって帰ると、母親がタオルを持って玄関まで出て来る。


 上がり口に腰を掛けると、母親は土間に下りて、雨に汚れた足をよく拭いてくれた。
 膝の上に乗せた時の、柔らかい感触が心地良かった…。


 弟が生まれてからは、それも…あまり無かったが……。


 足の指や裏側を拭かれると、弟はくすぐったがって笑っていた。

「いたっ!」

 転んで…、擦りむいた箇所に近づいたのだ。
 泣き出しそうになる弟の顔を見ると、

「ゴメンなさいね…。ほら、イタイのイタイの飛んでけ!」

 と言いながら、彼女は傷の周りに唇を落としていた。


 そうして、今度はイタチの方を向いて、手を伸ばして来る。


 イタチは立ち上がり、

「オレはもう、自分でやったから…」

 と、玄関を上がろうとした。
 けれど、母親は「頭が、まだ濡れてるわ…」などと言い、イタチの髪をくしゃくしゃと拭く。


 弟が見ている前で、そんなことをされるのは久しぶりだったから、少し気恥ずかしい…。
 「座って…」という声に、なぜか大人しく従った――。

 しゃがんだ母親の膝の上に、足を乗せると、指や足裏を拭かれた。
 やはり、くすぐったかったが、弟の手前…そこはガマンした。


「さ、お風呂に入りなさい。イタチ…、後は頼んだわよ…」

「はい、母さん」






 その後、よくフロ場で数を数えたのも、遠い昔のことになった―――。








 ビクンと、剥き出しの足が震えた。
 
「な……っ!?」

 鬼鮫が、その足に唇を落とし吸い付いたことで、イタチは我に返った。

「ああ、すみません。声を掛けても返事が無かったので、少し悪戯を…」


 謝ってはいるものの、全然悪びれた様子を見せない。
 灰の風景が見える窓の外は、やはり雨が降っていた。


 そんな『悪戯』に構っていられない…という風情で、イタチは衣服を整えた。



 ノックの音がして、ドアの向こうから「皆さんお揃いになりました」と、声が掛かった。


 部屋を出て、別室へと移動する――。
 これから始まる、『計画』の話をするのだ……。


 その途中……、廊下の窓辺に飾られた花を見て、

「ああ、そうか…」

 と、イタチは呟いた。

 怪訝な顔をするメンバーたちに、「なんでもない…」と言い繕う。



 どうして、母親があの時、珍しく身体を拭いたのか……?


――オレの誕生日だったのか……――


 雨音の向こうで、イタチは心に思った。


 窓辺に飾られた蒼い『紫陽花』から、一滴の雨粒が滑り落ちるのを、イタチは見つめるのだった……。
















      完
※次ページ、後書き


 
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