短編
□王の友
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ビルが乱雑とした都市に爆音と爆炎が鳴り響く。空には幾筋もの黒煙が立ちこめ、プロペラを回転させてホバリングしているヘリが数台見えた。
「あぁ……あっ……」
爆心地から少し離れたビルとビルの狭間にある空き地ような場所に校条(めんじょう)祭(はれ)は倒れていた。
こんな事態に陥ってしまった事情を話すとなると長くなる。
ロスト・クリスマス事件。2029年12月24日に起こった謎のウィルス―――――人を結晶化させるアポカリプスウィルスの感染爆発と、それに伴う騒乱。
その再来である第二次ロスト・クリスマス事件のアポカリプスウイルス大感染のため、東京都心はGHQ(アメリカ軍を中心に超国家間で発足した超国家的組織)により封鎖された。
生徒達は家に帰る事も出来ず、自然と学校に集まって避難をしていた。封鎖は長く続かないだろうという楽観論が続く中で二週間が経過した。
二週間が経過して、緊張の糸が緩む頃だということで学園祭を開催する。
騒動は起こったものの無事解決。平穏を取り戻した学校では学園祭の続き。
しかし、テレビが繫がったことで状況が一遍。
臨時政府の大統領となった茎道修一郎が、記者会見で封鎖された地域にはキャンサー化した人間しか存在しないため、救助活動の打ち切りを宣言した。
封鎖された東京に生存者は存在しない。
東京浄化作戦が始動して、レッドラインによりゴーストが生き残った人々を虐殺しながら包囲網を狭めていく。
大統領に就任した茎道修一郎の発言に混乱する学生達をなんとか沈めようとする生徒会長・供奉院亞里砂だったが、そんな彼女を失脚させようとする難波大秀や数藤隆臣たちが不信任案を突きつけるも、祭(はれ)と中学時代からの付き合いで彼女が密かな好意を抱いている桜満(おうま)集(しゅう)が最終的に生徒達の総意によって生徒会長に就任する。
集(しゅう)を補佐する寒川(さむかわ)谷尋(やひろ)がヴォイドの力を計るゲノムレゾナンス指数によるヴォイドランク制度の実施を提案したところ暗雲が立ち込め始めた。
ヴォイドで差別したくないという集(しゅう)だが、ワクチンや武器・弾薬の確保も不足がちでバリケードの設営も予定の半分も進んでいない。
だからこそ、谷尋は上下関係を徹底すれば人は倍働くという論理でランク制を進めた。
決断出来ない集(しゅう)。
祭(はれ)と話す集(しゅう)の元に魂館(たまだて)颯太(そうた)たちが学校を抜け出したと連絡が入った。ヴォイドランク制導入を怖れ独断でワクチンを取りに行ったのだ。
慌てて呼び戻しに行く三人(・・)。
なんとか追いついたものの、そこに現われるGHQに所属する特殊防疫部隊アンチボディズの人型ロボット・エンドレイブ。
その場にはヴォイドランク制で表すと最低のFランクの生徒達と治癒系のヴォイドを持つ祭(はれ)しかない。
エンドレイブに囲まれ、混乱に陥る生徒達。
皆を逃がすために囮になって引きつける集。傷ついた女性をヴォイドで癒す祭。そして彼女を守ろうとする―――――一人の少年。
治療を終えた彼女の下に颯太が現われ、壊れて放棄された車を祭にヴォイドで治して貰おうと少年の制止を振り切って無理矢理に連れて行ってしまった。
すぐさま追いついた少年と颯太の間に口論が起こり、そんな鴨がネギを背負って来た様な状況にアンチボディズが見逃すはずが無い。
銃口を向けるエンドレイブ。気づいて祭に走り寄る集と少年。
「キャ――ッ!」
二人は間に合わず銃弾が車のエンジン部分に着弾、大爆発を起こした。
「「祭!!」」
最初に少年が、続いて集が二人に覆いかぶさるように抱きついた。
祭の記憶はそこで途切れている。
「二人は……」
二人の無事を確認しようと眼を開けるが何も見えない。
頭から血が流れて眼に入ったのか、爆発の光に眼をやられたのか分からないが眼を開けても何も見えない。痛む手を動かして触るとドロリとした触感があるので血が目に入ったのだろう。
「うっ!」
少し動かすだけで体に激痛が走る。
体の前面分を抑えて蹲(うずくま)る。痛みの具合からして肋骨が折れているかもしれない。
だが、感覚的に命に関わるような致命的なものはなく、あれだけの爆発に巻き込まれたにしては軽症といえる程だった。
「無事……か…祭」
声一つ聞こえない中で聞こえてきたのは、想い人(集)の声ではなく耳に馴染んだ少し低い声。集とは中学時代からの付き合いだが、こちらは本当に生まれた頃からの知り合いで幼馴染。
自分の集への思いを知っていて、ここに来る前に背中を押してくれた少年。
「うん………ちょっと血が眼に入って見えないだけで大丈夫。キミは?」
声の聞こえる方向に顔を向け、集の状態も気になるが幼馴染はどうなのかと問いかけた。
「そうか。俺は…………大丈夫だ。それよりも集が」
「集は、集がどうしたの!?」
大丈夫という言葉に少しの間が開いたが、それよりも集の安否が気になって声を張り上げた。
「俺達を庇った所為で火傷と怪我が酷い。意識もないみたいだ」
「そんな……」
幼馴染の言葉に絶句する祭。
自分を庇って幼馴染が、最後に集が二人を守るように覆いかぶさっていたことを思い出した。自分がこれだけの怪我をしているなら庇った二人はもっと大きな怪我を負っているのは必然だった。
「祭の………ヴォイドで治すんだ」
希望は祭の手の中にあった。
彼女のヴォイドは「包帯型」で、生物・無生物を問わず巻いたものを瞬時に再生することが出来る。集が「祭らしい優しいヴォイド」と言ってくれたことは嬉しかった。
「方………角はこっちで……指示……する。さあ、早く……!」
地面に仰向けになって背中の傷口からドクトクと夥しい量の血を流しながら少年は、掠れる声で祭を急がせた。
重症度でいえば少年も集と変わらない。
今すぐに治療しなければ命に関わる。
祭が眼の見えないことを利用して、少年は自分よりも集の治療を優先させた。
集の持つ「|王の力《ヴォイドを取り出せる力》」はこれからも必ず必要になる。それに大事な大事な幼馴染の思い人を死なせるわけにはいかない。
少年の指し示した方角に従ってヴォイドを展開させる祭。
止まる気配のない出血に意識が遠のいていくの感じながら少年は祭に話しかけた。
「なあ、祭…………どうして、集を好きになったんだ?」
少年は今まで聞けずにいたずっと疑問に思っていたことを訊ねた。
最近はそうでもないが、昔は世間や他人の顔色を常に窺い、人と目を合わせるのが苦手で、精神的にもナイーブだった。人に嫌われるのを恐れ周囲の意見に流されるままに無難に日々を過ごしているように見えた。
「私って昔、優しい王様って絵本、一緒に読んでたことあるでしょ?」
「ああ、覚えてる。何度も二人で読んだよな」
とっても優しくて、みんなにお金をあげたり土地を譲ったりしていたら、とうとう国がなくなってしまった王様のお話。
「私はそんな王様が大好きだった。多分、私の初恋。集はその王様に似てるの。優しくて、損しちゃうところが」
「そうか」
少年は話を聞きながら視線は空を向いていた。
もう、首を横に動かす力も残っていない。
だから気付いたのだろう。空からこちらに向かって近づいてくる戦闘ヘリの姿が見えたのは。
「私ね、集はきっといい王様になると思うな」
「ああ、きっとなれるさ」
ずっと手に握っていたヴォイドを身体中の全ての力を使って近づいてくるヘリに向ける。
祭達に比べれば低いレベルの颯太達と同じFランクに分類される拳銃のヴォイド。
集が使えばどんな厚い壁だろうと貫けるのに、自分が使えばショックガン程度にしかならない。
「絵本を読み終わった後に俺が言っていたことって覚えてるか?」
その話を聞いて思い出したことがある。
「え? あ、うん。覚えてる………確か」
思い出したのは誓い。
子供が考えた小さな小さな願い。
大好きな女の子が恋焦がれた優しい王様が損してしまうことが許せなくて、口から出た思いつき。
「王様が損するなら僕が王様を助ける友達になる……だったよね」
今が本当に大切な時で、誓いを果たす時。
幸いにもヘリの位置からでは黒煙に遮られて祭の姿は見えないはず。
それでも、治療を受ける集の姿とヴォイドが見えるはず。
「ああ…………今が約束を果たす時だ!」
降下してきた戦闘ヘリが機銃を撃つのと、少年がヴォイドを撃つのは同時だった。
一瞬で数発を撃った戦闘ヘリと、たった一発しか撃てなかった少年。
「あっ!」
機銃の弾丸は少年とヴォイドを貫いた。
血飛沫が上がり、跳ね上がった少年の体と打ち抜かれたヴォイド。
『ちっ! コントロールが?!』
ショックガン程度の威力しかなったヴォイドの弾丸は、奇跡的に戦闘ヘリの電子機器を壊してコントロールを奪った。
機体のコントロールを失って戦闘ヘリが遥か彼方に墜落していく。
「ど、どうしたの?! ねぇ、返事をして!!」
近くで聞こえた銃撃の音と、何かが遠方で墜落した音を聞いて目の見えない祭が混乱した声を上げる。
「…な………んとも…………ないか………祭………」
口からゴホリと血を吐きながら祭の無事を確認する少年。
「私は大丈夫だから、何が!」
明らかに異常な様子の少年の声に、祭は動けない体で地面を這いずりながら声の聞こえる方へと向かう。
「よ…………かった………」
ヴォイドを破壊された影響か少年の体が急速に結晶化していく。
「うっ……あぁ。あれ? なんだ……?」
そこで治癒を終えた集が眼を覚まして身を起こした。
「集!」
「!」
近くで祭の切羽詰った声が聞こえてそちらを見て、集の表情が固まる。
「ああっ! ああああ!」
そこにいたのは祭の幼馴染で自分の友人でもある少年。
仰向けで地面には血溜まりが出来ていて、その体は徐々に結晶化していた。既に体表面の三割は結晶化してしまっている。
慌てて抱き上げると、結晶化した一部が剥がれて地面に落ちて砕ける。
「集……俺もFランクだから気持ちは良く分かる。颯太を責めないでやってくれ」
「あっ……!」
結晶化は止まらない。
「祭のこと、頼むな」
「あああ!」
少年は遺言のように集に言葉を送る。
遂に顔以外の全てが結晶化してしまった。
「俺さぁ、集と友達になれてよかったよ。集ならきっと優しい王様になれるよな」
少年は最後にそう呟き、唯一残っていた顔まで結晶化して、
「あっ!」
集の腕の中で粉々となって砕けた。
「ああぁぁぁ!!」
集の中で少年の存在は決して大きいものではなかったはずだった。
祭に似て、集にとってこちらの望む距離で対してくれて一緒にいて気安く付き合える相手だった。
空気が読めないのところあるや後々のことで問題のあった谷尋のことを考えると、男友達の中では含むところのない楽な友達だった。
集の「王の力(ヴォイドを取り出す力)」や葬儀社のことを知っても祭同様に変わることなく、友達でいてくれた。
失って初めて気付いた。
少年は間違いなく集の友達だったのだ。
この後、集は駆けつけた谷尋に少年の死を知って泣き崩れる祭を任せ、いのりのヴォイドを借りてエンドレイブを倒した。
祭が話してくれた昔の近いと少年の遺言の意味。
全てを理解して、流れる涙を振り払って集まった皆の前で集は宣言した。
「僕は、王になる! ―――――が友達で良かったと思える王に! 優しい王になるんだ!」
王が生まれた。
孤独で悲しい王ではない。強くて優しい王様がこの世に生まれた瞬間だった。