英雄の笑顔、悪者の涙

□その1:いきなりクライマックス!?
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 一人の青年が、街中を歩いている。
 それは普通だ。
 普通でないとしたら、その後ろに、青い鬼のような姿をした異形を従えている事くらいだろうか。
 彼の名は、野上(のがみ) 幸太郎(こうたろう)。野上良太郎の、孫に当たる青年であり、今世の「電王」。最近は祖父の若かりし頃の時間に向かう事が多くなった事が、悩みの種らしい。
 そんな幸太郎の後ろにいるのは、彼の相棒。名前はテディと言う。イマジンとは違うが、姿形だけ見れば、イマジン以外の何者でもない。それが、彼の悩みだとか。「未来の人間のエネルギー体」という意味では、イマジンと似たような物だが、根本的に違うのだからしょうがない。
「じいちゃんとの待ち合わせ場所、この辺だったよな?」
「ああ。間違いない。時間もぴったりだ」
「いないじゃん、じいちゃん」
 本来ならいるはずの祖父の姿を軽く探しつつも、幸太郎は溜息混じりに苦情を申し立てた。
 ……テディに言っても仕方の無い事なのだが、何となく彼に愚痴ってしまうのだから仕方ない。
「どこかで、事故にでも遭ってるんじゃないだろうか」
「……ありうる。じいちゃんならありうる」
 軽く頭を押さえながら、幸太郎はテディの言葉に呻くように同意した。
 野上良太郎の運の悪さは半端では無い。時間通りに目的地に着く事の方が稀なぐらいだ。自分の運の悪さも半端では無いが、祖父には敵わないと思う。
 だから幸太郎は、祖父と待ち合わせる時は本来の予定の一時間前の時間を指定する。大体において、それ位の誤差で到着するからだ。
「正直、よくあの年まで生きていられた物だと感心している」
「……テディ、それ、じいちゃんの前では絶対言うなよ」
 そんなやり取りをしていた、まさにその瞬間。
 聞き覚えのある音が、幸太郎の耳に届いた。
 ……時の列車、デンライナーのミュージックホーンが。
「デンライナー?」
「……ひょっとして、また昔のじいちゃんに何かあったのか?」
 こう言う事にはもう慣れたのか、幸太郎はうんざりしたように呟いた。
 自分の頭上から駆け下りてくる、赤い車体の列車を見つめながら。
「……行くぞ、テディ」
「ああ」
 開いた扉を目の前にして、幸太郎はさも当たり前のようにテディを引き連れてそのデンライナーに乗り込む。
 いつものように、オーナーが隅で炒飯辺りをぱくつき、ナオミがハイテンションでコーヒーを勧めてくるだろう。更に言えば、祖父に憑いているイマジンが喧しくこちらに構ってくるのだろう。……とても厄介な出来事を背負って。
 そう思いながら、食堂車に入った瞬間。
 相対したのは、見覚えの無い白銀髪の女だった。服装も白を基調としており、全体的に白っぽい印象を受ける。
 美女の部類に入るのだが、不機嫌そうな表情のせいか、あまりお近付きにはなりたくない。
「……は?」
「お初にお目にかかる。私はこの列車の元オーナー。白刀(しらと) 風虎(ふうこ)と呼ばれている」
 見知らぬ女の登場で素っ頓狂な声を挙げた幸太郎に、女は深々と一礼しつつ己の名を告げる。
「野上幸太郎、そしてテディ。お前達の力を借りたい」
「待て、何故、オーナーやナオミさんが居ない?」
「降ろした。今回は、流石に危険なのでな。浮かれ気分でこの列車に乗られては困るのだ」
 テディの言葉に端的に答えつつも、白刀と名乗った元オーナーは実に不機嫌そうに眉を顰める。
 どうやら、ナオミの事を言っているらしい。
「それに、それは現オーナーも承知している」
「……じいちゃんのイマジン達は?」
「野上良太郎とその『月の子』達は、別件で動いている。皇帝の愛娘……桜井ハナも、それとはまた別に動いてもらっている」
 そう言うや否や、デンライナーはゆっくりと時の中へ向かって駆け出していく。
「今、動ける『時の守人』はお前達しかいないのだ」
「……発車したって事は、俺達に拒否権は無しって訳?」
「随分と乱暴な言い分だ」
「デンライナーを動かしたのは『連中』に見つかると厄介だからだ。他意は無い」
 幸太郎とテディの批難の声にすらも、淡々と答える白刀に思わず2人は眉を顰める。
 今までこんな風に淡々と、表情も変えずに物事を語る人物がいなかった事もあって、余計に奇異に思えたのかもしれない。デンライナーのオーナーもある意味淡々と物を言うが、彼の方がどこか茶目っ気や遊び心があった。
「話を聞くだけでも損は無い。聞いた上で、嫌なら元の時間に帰す」
「……良いだろう」
「幸太郎」
「少なくとも、このデンライナーは本物みたいだし、あんたが元オーナーって言うのも本当みたいだ」
 信用した訳じゃないけどな、と付け足す幸太郎に、初めて彼女は口の端に笑みを浮かべ……
「感謝する」
 とだけ、返した。
「それで? 俺達は何をすれば良い?」
「説明は、全員を揃えてからにしたい。……同じ話を何度もするのは、面倒なのでな」
 今度ははっきりと、不敵な笑みを浮かべると、白刀は一枚のチケットを懐中から取り出す。
「その時間に行って、三人の男を拾う。…………まあ、多少驚くような事があるかも知れんが、それはご愛嬌だ」
 それだけ言うと、彼女はこれ以上幸太郎に言う事は無いのか、さっさと操縦席の方へと歩き去っていく。
 その後姿を見送り、完全に食堂車からその気配が消えたのを確認すると、テディはすっと幸太郎の方へ向き直り……心配そうな視線を送って幸太郎に問う。
「……幸太郎、本当に良いのか?」
「あの女が何を企んでいるにしろ、デンライナーをあの女一人に運転させる訳には行かない。変な時間に向かわれても困るしな」
「それはそうだが……」
「安心しろって。いざって時は、変身してでも止める」
「分かった」
 納得したのかどうか、良く分からない表情でテディは頷き、席につく。
 幸太郎もまた……操縦席の方を睨みつけながら、じっと大人しく座っていた。


 良く晴れた、ある日。
 津上(つがみ) 翔一(しょういち)……本名、沢木(さわき) 哲也(てつや)は、厨房で鍋を振るっていた。
 かつては記憶を失い、持っていた手紙の宛名……即ち「津上翔一」を自分の名前として使っていた。紆余曲折を経て後、記憶を取り戻した今でも、結局の所慣れてしまった「津上翔一」の名を使い続けており、それで通用してしまっている。
 アンノウンと呼ばれる異形との戦いから数年。今ではすっかり自身の店、「AGITΩ(アギト)」も軌道に乗り、それなりに常連も付いて、平和を実感していた。
「しょーいち君、まだ?」
「はいはーい、今、出来たよー」
 人の良さそうな笑顔を浮かべながら、彼を呼んだ黒髪の女性、風谷 真魚(まな)に向かって自身の料理を差し出す。
「……どう? 新作なんだけど」
「うん、おいしい。しょーいち君、また腕を上げたね」
「いやぁ。それ程でも……」
 ペシペシと自身の腕を叩きながら言う真魚の誉め言葉に、翔一の笑みが更に深くなる。どうやら彼女の言葉に照れているらしい。
 最近は、近所の店……「Bistro La Salle」も人気があり、お客を取り合っているような状態だ。
 常連客の一人であるジャーナリストの青年が「どっちも美味いから、甲乙つけられない」というような事を言っていた記憶もある。
 別に勝負をする気は無い。美味しい料理は人を幸せにするのだから、そういう店が沢山あるのは良い事だとさえ思う。
 ……それでも、飽きられるのは嫌だ。だから、新メニューを作ったりして、幸せそうな顔を見せて欲しいと、翔一は思っている。
 そんな風に考えたその時。
 カラン、とドアベルが鳴り、客の来店を告げられた。
「あ、いらっしゃ……」
 「いらっしゃいませ」と言いたかったのだが、思わず翔一はその言葉を飲み込んでしまっていた。
 入ってきたのは三人。一人は十代後半くらいの青年、もう一人は二十代前半くらいの女性。
 ……そこまでは、良い。だが……問題は、もう一人だ。
「どうも。初めまして」
 礼儀正しく、ぺこりとお辞儀をするその「もう一人」に、真魚も思わず目が点になる。
 ……その姿は、いっそあからさまなまでに人間では無い。何と言うか……「青い鬼」という表現が、1番しっくり来る様な気がした。
 翔一達のような、人間の進化した姿の一つ……「アギト」と呼ばれる者ではなさそうだし、かと言って、その可能性を殲滅していた「アンノウン」と呼ばれる者でも無い事は、翔一の本能が教えている。
 そもそも、アギトの姿のまま出歩く存在はあまりいない。
「えーっと……三名様、ですね」
 害意や敵意と言った物は感じられないので、とりあえず客と判断し、空いている席に案内する翔一。
 その際、青鬼が視線を真魚に向け……驚いたような声をあげた。
「……ナオミさん?」
「あの……?」
 誰かの名前だろうか。青鬼はそう呟きながら、瞬きもせずにまじまじと真魚を見つめる。……青鬼に、瞼があるのかは疑問だが。
 見つめられている方も、それはそれで居た堪れない。思わず翔一に助けを求めるような視線を送ってしまう。
 それに気付いたのだろうか、青鬼は何を思ったのか。はっと息を呑み……
「ああ、失礼。良く似た人物を知っているもので」
 直角に近い角度で頭を下げて言った青鬼に、思わず笑いが零れてしまう。
 やはり悪い者では無さそうだと判断し、真魚はいいえ、とにこやかな笑みを返した。
「テディ。確かにナオミちゃんに似てるけど、どう考えたって別人だろ。テンションとか、服装とか」
「確かにそうだが……幸太郎、ここまでそっくりなら、血縁関係を疑わないか?」
 真魚に良く似た誰かを知っているのか、幸太郎と呼ばれた青年と、テディと呼ばれた青鬼は、そんな言葉を交わしている。
 最後の一人……真っ白な女性に関しては、特に気にした風も無く案内された席に、当たり前のように座っていたが。
「津上翔一。お前に話がある」
「何ですか?」
「ロード怪人……いや、お前達の言う所の、アンノウンが現れた」
「え!?」
 自身の名を呼ばれた事よりも、アンノウンと言う単語に大きく反応し、今まで翔一の表情がきゅっと引き締まる。同時に真魚の表情もどことなく沈痛な色が浮かぶ。
 アンノウン。「人類の進化の可能性」であるアギトの力を危惧し、人間を守るために「闇の力」と呼ばれる青年が放った異形。
 かつての翔一は、アギトの力でアンノウンと戦い、人間との共存の可能性を見せ、解決した。
 ……したはずだった。
 それなのに、どうして今また、アンノウンと言う単語が出てくるのだろう。彼らはもはや、現れないはずではなかったのか。
 思いつつ、翔一はゆっくりと青鬼……テディの方に顔を向け……
「えーっと……その人、とか……?」
「残念ながら、お前が知るのと同じ『闇の力』由来のアンノウンだ。アギトであるお前の力が必要になるやも知れん」
 重大な事を言っているはずなのに、淡々とした口調で女性は言い放つ。
 普通に考えれば、そんな口調で話されても信じられないだけなのだが……何故か、彼女の放つ雰囲気が、それが真実であると告げている。
「下手をすると、過去が変わる恐れもある。……出来れば、ここでは無い場所で話したいのだが」
「……真魚ちゃん、ごめん」
「うん、気をつけてね、しょーいち君」
 心配げに見やる彼女に力強く頷き、津上翔一はエプロンを外すと、ドアの札を「CLOSED」に返す。そして……
「あ、そうだ真魚ちゃん」
「何?」
「お鍋の火、後三分したら消しといてくれる?」
 いつもの、何を考えてるのか分からない……と言うか、何も考えていなさそうな、底抜けの笑顔を彼女に向け、そう言い放ったのであった……


その2:ろくでもない予感

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