50のお題

□2. 夏
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「暑い」
 ほぼ指定席となった店の隅にある席で、俺は机に足を乗せ、体を椅子に預けるように仰け反りながら吐き捨てるようにそう言った。
 こんな格好をしていると、あの馬鹿の事だ、「行儀が悪い」とか「お前も少しは働け」とか言うのだろうが、冗談じゃない。こんなクソ暑い中で動き回れるか、馬鹿らしい。
 窓の外から見える景色は、太陽が無駄に燦燦と光り輝き、四百年前にはなかった「アスファルト」とか言う黒い地面を照り付けている。
 一方で照らされた地面は、自身に溜まる熱を空気中に放射し、余計に大気の熱を上げていく。そしてその熱を底なしに飲み込み、孕んでいく空気。
 底がないのは熱なのか、それともそれを飲み込む空気の方か。どちらにせよ、その貪欲さはまるで欲望そのものだ。
「暑いって……そりゃあ、夏真っ盛りだし。それよりアンク、机に足乗せるなよ」
 案の定、呆れたような、困ったような、そして少しだけ同情するような表情を浮かべた映司の馬鹿が、盆を持って俺の顔を覗き込む。
 奴が着ているのは「浴衣」とか言う薄い布切れだ。あの怪力女がデザインしたとか言っていたな。
 確か今日は「花火フェア」だったか。そこかしこでパチパチと火花が散る音が聞こえやがる。近くの席に座る連中からは、音だけじゃなく火薬の匂いまで漂ってきている。
「……四百年前はこんなに暑くなかった」
 額から無駄に流れる汗を拭いもせず、俺は吐き捨てるように言ってやる。
 その言葉を、馬鹿がどう取ったのかは知らない。だが、間違いなく俺の真意とは異なる方面で何かを納得したらしく、ああ、と頷きを返して言葉を紡いだ。
「そうだよな。地球温暖化って、ここ百年ぐらいで一気に進んだらしいし。四百年前に比べて、暑くなってるのかも。……あ、お前がアイスを好きなのって、ひょっとしてそのせい?」
 ほら、やっぱりこの馬鹿は俺の想いとは違う方面で納得していやがる。だが、否定して根掘り葉掘り聞かれるのも面倒だ。
 馬鹿の言葉に、俺は鼻で笑うだけで言葉は返さない。それを否定と取るか肯定と取るかは、こいつ次第だ。鴻上の奴じゃないが、好きにすればいい。俺はこれ以上、言葉を吐き出すつもりは無い。
 映司は馬鹿だが、鈍くない。こちらの意図に気付いたのか、心の底から呆れ返った様な溜息を吐き出すと、くるりと踵を返して別のテーブルの方へと行ってしまった。
 まあ、その方が清々する。あの馬鹿と関わるのは、メダルを集める時だけでいい。
 思いながら、俺は「俺」ではない方の腕を見やる。不完全な俺の体は、この人間の体を使わなければ不便極まりない。逆にこの人間は俺が存在しなければ生命を維持出来ない。ギブアンドテイクって奴だ。
 ……いや……
「俺の方が、こいつから得ている物が多いかもしれないな……」
 誰も聞いていない。だからこそ、俺は声に出して小さく呟く。
 仮に俺が完全体であったとしても、きっと今の夏の暑さにうだる事はなかった。俺のメダルが九枚揃った状態、「鳥類のグリード、アンク」として存在していたとしても、「完璧」からは程遠い。
――四百年前は、こんなに暑くなかった。何故なら、暑いと言う感覚が分らなかったからだ――
 グリードは所詮「物」だ。「生物」じゃない。意思を持ち、自律しているように見えるが、結局はその辺の機械とそう変わらない。
 視界はぼやけ、音は反響し、物を口に含んでも無味無臭、触れた感触も曖昧。
 ……だからこそ、俺達は求める。人間で言う五感って奴を。そして「生きている」と言う実感を。
 それは、完全体になって、人間を「食う」事で得られるはずだった。人間の持つ「命」を通じて「俺」という命を手に入れる。その為なら、俺は何だってする。
 他の連中(グリード)を押しのけ、そのメダルを、意思を、欲望を奪い、そして地球を喰らい尽して命を得る。……そのつもりだった。
 だが……そうするよりも先に……おまけに何の皮肉か、不完全で不自由この上ない今の状態、つまり「人間の体を使う事」で、俺は五感を手に入れた。
 ……いや、「手に入れてしまった」と言うべきか。
 完全なグリードだった頃は、どう足掻いてもうっすらとぼやけていた世界が、今じゃはっきりとした輪郭を持って存在している。
 肌に纏わりつくような夏の暑さ、目を射る眩しい日差し、流れ落ちる汗に体が訴える気だるさ。そして何より、アイスの冷たさと甘さを感じられるのは大きな収穫だ。
 何しろ、他の連中が味わえない感覚を俺が味わっているんだからな。優越感に浸るってのも当然だろう。
 だが……
「この馬鹿みたいな蒸し暑さを感じるのは、どうにもな……」
 言いたくはないが、暑すぎる。最初は「これが暑さか」と楽しんだが、今となってはこの感覚が恨めしい。
 他の連中は今頃、それこそ「涼しい顔」でどこかに潜んでいやがるんだろう。
 汗もかかず、このベタつく空気にも気付かず、更には見ているだけで暑苦しいこの陽炎にだって気付いていないだろう。
 なのに、感情や欲望だけは人一倍激しくて……
 ……イラッ。
 ……あぁ? 何だ、今の。あの連中がこの「感覚」を知らないって事が、妙に腹立たしく思えてきやがった。元から気に食わねぇ連中ばかりだが、何故か今はそこに輪をかけて気に食わねぇ。
 連中より先に、仮初のものとは言え「感覚」を手に入れたんだ。優位に思う事はあっても、苛立つ事はない……はずだろ。
 だが、不思議な事に。感覚を得た幸福をあいつらに味わって欲しいとは思わないが、この無駄に暑く、じっとりとした空気が齎す不快感に関しては、連中にも与えてやりたいと思う。
 ウヴァはあの堅苦しい顔を更に顰めて何か物に当たりそうだな。フン、暑いなら脱皮しろ。そのジャケットは夏場には確実に暑いだろうが。
 ガメルの奴は単純だ。我慢せずひたすら暑いと言って転がるのが手に取るように分る。お前は存在その物が暑苦しい。
 メズールは水を操るからな、自分の周りだけ涼しくしておいた上でガメルに同情したフリでもするんだろう。
 そしてカザリ。あいつは多分、涼しい顔をしつつも、心の中でこの暑さを呪うはずだ。あいつは時折ぶっ飛ぶからな、涼しくなりたい欲望からヤミーでも生んで、氷でもかき集めるんじゃないか。
 ……いや、そんな妄想をしてどうする。あいつらが感覚を手に入れる事なんざ、ありえないだろうが。
「……ちっ。暑さで俺もおかしくなってきたか……」
 天を仰ぐように仰け反り、首から伝う汗の雫の気持ち悪さを感じながら、俺は自身に向かうように呟く。
 以前の……四百年前の俺なら。きっと他の連中の事なんか、考えもしなかった。
 ただ、自分が全てのメダルを手に入れるという欲望のままに動くだけで良かった。突き動かされるような衝動と、理由のない焦燥が俺の全てだった。
 ……だと言うのに、今の俺は。まるで、満足しているみたいじゃないか。こんな、仮初の五感を手に入れた程度で。違うだろう、そうじゃない。俺が欲しいのは……
 そこまで思った瞬間。頭上に影が落ちてきた。
 ちらりと影の主……映司に視線を送れば、奴は何故か楽しそうな笑みを浮かべ、ほら、などと言いながら手の中にあるアイスらしき細長い包みを差し出した。
「はっ。お前にしては気が利くな」
 五感を手に入れて、最初に味わった感覚。「冷たくて甘い」それが、俺の味覚の基準になっているなど、こいつにはきっとわからないだろう。
 ……分って欲しいとも思わないが。
 差し出された包みをひったくり、バリバリと開ける俺の前に座る映司を無視し、俺は胸が高鳴るのを感じながらそれをすっと取り出す。
 ……だが。出てきたのはいつもの白いアイスじゃぁない。全体は薄緑で、黒っぽい粒が所々に埋まっている。
「…………おい、何だ、この色? アイスじゃないのか?」
「れっきとしたアイスだろ。ああでも、チョコミントは初めてか。……夏場はバニラよりそっちの方がすっきりするからって、知世子さんが」
 向かい側に座る馬鹿を睨み、そして返された言葉でカウンターにいる女を睨み付け。こっちは精一杯睨んでいるって言うのに、あの女はあの女で何故か知らないが嬉しそうに手を振ってやがる。
 この様子では、おそらくいつものアイスは無いだろう。仕方なしに手元の「チョコミント」とか言うのを齧れば、確かに甘い……だが、妙にヒリヒリとした奇妙な味が口の中に広がった。
 …………まあ、これも不味くはないな。
 アイスを齧る俺を見て何を思ったのか。映司の奴は何故か興味深そうに俺の顔を覗き込み……そして口を開いた。
「なあ、アンク。……四百年前って、どんな感じだったんだ?」
「……今と大して変わらない。どいつもこいつも欲望に塗れた連中ばかりだ」
 いきなりの質問ではあったが、思った事をそのまま口に出す。大小様々ではあるが、四百年前も今も、変わらず人間を動かしているのは自身の欲望だ。
 そんな俺の言葉に、映司は少しだけ残念そうな表情でそっか、と呟いて視線を床に落とす。
 何を期待していたのかは知らないが、(グリード)から見た人間なんていつだって変わらない。だが、何となく……映司の間抜け面が見たくなって。俺は更に言葉を続けた。
「だがな、少なくとも、アイスはなかった。……おい、もう一本寄越せ」
 咥えていたアイスの棒を見せながらそう言ってやると、映司は一瞬だけ……本当に瞬きするくらいの間だけ、俺の望んだ顔になり……そしてやけに楽しげな声で笑った。
「ははっ。確かにな。……って言うか、お前本当に食べすぎ! その体、刑事さんのなんだから、少しは大事にしろよ!」
「はっ、知るか」
 「いつも通り」に返され、俺も「いつも通り」の答えを返す。
 いつの間に、こんな会話が「いつも通り」になったのか。

 だが、この「いつも」が続けば良いと思ってしまうのは、やっぱり俺が夏の暑さにやられているせいだ。
 ……そういう事にしておこうと思う。
 どうせ、いつか、別れる日が来るのだから。


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出展は「仮面ライダーOOO」。
アンク視点。やっぱり一人称は書き易いです。三人称苦手にゃ (何そのぶっちゃけ)。
夏真っ盛りのアンクさん。ちなみに時間軸は解放されてから少し経ったくらいですかね。まだ伊達さんがいない頃でしょうか。
え? 放映は九月開始だから、「夏真っ盛りじゃない」って? ……世の中には、「ご都合主義」あるいは「パラレル設定」と言う美しい言葉があるんです (コラコラコラ)。
と、言う訳で今回の話はあくまでも違う意味で「夢小説」として受け取っていただければと。
お題その二、「夏」。もうこの漢字からして何か暑い。
……残り四十八題……


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