クロスシリーズ
□過去の希望、未来の遺産
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【その8:ライダーは、駒だったのに】
トンネルの向こうは、異なる世界。
トンネルの向こうは、遥か過去。
トンネルの向こうは、遠い未来。
普段は閑散としている道路を、四台のバイクが横一列になって並走している。
その向かい側からは、黒塗りの高級そうな車が、車線を跨いで走ってきている。
それを見ると同時に、車に突っ込みかねない勢いでバイク達はスピードを上げた。
このままでは衝突する……そう思えるほど近くまでバイクと車が接近した時、彼らは左右に二台ずつ展開して車をかわし、すれ違う。
それと同時に車とバイクが共にブレーキをかけ、甲高い摩擦音を立てながらその場から少し離れた場所に止まった。
ほんの僅か、路面にタイヤの黒い痕跡を残して。
「ライダーシステムを返還する気になったのかね」
悠然と車から降り立った男……天王路が、手を差し出しながらそう切り出す。
しかし、バイクの四人組……剣崎、始、橘、睦月達は、自身のマシンに跨り、彼に背を向けたままでその問いには答えない。それどころか、逆に問うような声をあげた。
「……お前がバトルファイトの勝利者になった時、何を願う?」
「無論、平和だ。二度と人間が、互いに争ったりする事のないように」
剣崎の声に、天王路は平然と答える。
トライアルシリーズは広瀬栞の大切な過去を穢し、ティターンは四人の間に不和をもたらし、そしてケルベロスは様々な人の命を奪った。
それらを作った……争いの種を蒔いた張本人が、何の臆面もなく「平和を願う」「争いをなくす」などと言った事に、剣崎は怒りを覚えざるを得ない。
大事の前の小事とでも言いたいのか。誰かの命を、そして心を犠牲にしてまで得た平穏は、何の意味を持つと言うのか。少なくとも、今の剣崎にはその意味を理解する事は出来そうにない。
「そのために、現在の人類を全て滅ぼす」
「当然だ! 今の人類は邪悪な心に満ちている! 全てを滅ぼし! 新たな平和を求める人類を誕生させる!」
静かに言った始とは正反対に、それまで余裕を見せていた天王路の声が荒くなる。
……彼は、今の人間に絶望している。だが、人間以外の種に期待している訳でもない。そんな彼が辿り着いた答えが、「ヒト」という種の作り直し。
「そして、お前がその支配者となる」
睦月の言う通り、ケルベロスと同化した天王路が「最後のアンデッド」として残った時、彼の作った新たな種は……彼の支配下に置かれる。
「何故BOARDを作った!?」
「全ては計画通りだ。広瀬はアンデッドを解放し、君達は効率良く、封印してくれた! お陰で私は、ケルベロスを完成させる事ができた。感謝してるよ!」
「俺達は最初からお前の欲望の為だけに動かされていたと言うのか。俺達の理想は、正義は……!」
「全て幻」
最も長くBOARDに勤め、この場にいる誰よりもBOARDという組織を信じていた橘に、天王路は酷薄な笑みと共にそう返す。
そして……これ以上、話す事もないと思ったのだろうか。天王路は袖をたくし上げ、その腕に埋め込んだリーダーへケルベロスのカードを挿し入れる。
「変身」
その言葉と同時に、天王路の姿がケルベロスの……アンデッドの姿へと変化した。
仮面ライダー達とは異なり、エネルギーの幕は降りない。代わりに、上級アンデッドが姿を変える時のようにゆらりと姿が揺らめく変化。
もはや天王路にとって不要と……いや、邪魔にすらなった、仮面ライダーと言う名の「駒」を排除するために、その身を変えた事は明白。
そして、それに応える様にライダーもまたその身を変えた。
『変身!』
四人の声が重なる。直後、それぞれの姿が変化した。
剣崎一真は、スペードのスートを使うブレイド……剣と死を意味する印を頂く者に。
相川始は、ハートのスートを使うカリス……聖杯と愛を意味する印を負う者に。
橘朔也は、ダイヤのスートを使うギャレン……金貨と財を意味する印を担う者に。
上城睦月は、クラブのスートを使うレンゲル……杖と智を意味する印を持つ者に。
それぞれの鎧を纏い、乗っていたバイクを反転させ、悠然と立つケルベロスと言う名のイレギュラーへと戦いを挑む……
迷い込んだ家から、物凄い勢いで飛び出していった二人の青年を追いかけ、ようやくハナ達が彼らに追いついた頃。戦いは既に始まっていた。
耳に届くのは金属がぶつかり合う嫌な音。時折異形……昨日と少しだけ姿の異なるケルベロスが放つ衝撃波由来の爆発音も響き、その余波がハナの髪を揺らす。
既に使われていない工場らしく、隠れる場所には事欠かない。しかし逆を返せば、他に誰もいないが故に音が反響しやすいと言う事でもある。彼らに見つからぬよう息を潜め、共にいたモモタロス、そしてリュウタロスと共にその様子を見つめていた。
二人のイマジンは昨日のケルベロスを……そしてそれと戦った戦士達を見ていないせいか、不思議そうな表情でそれを眺めていた。
「電王やキバ以外にも、あんな風に変身して戦う奴がいるんだね〜」
「ケッ。俺の方が数倍格好良いっての」
声を潜めてはいるが、いつも通りの軽い言い合いをする二人に、ハナの口からは軽い溜息が漏れる。
戦いの場にいる者達は、ごく真剣に己の存在を……そして存亡をかけて戦っていると言うのに、後ろのお気楽さは一体何なのか。
いつもなら真面目にやれと一喝するところだが、状況が状況。一喝するのは後にして、今はとにかくこの戦いの行く末を……
と、思った刹那。ふいに、ハナの頭上が翳り……
「ほう? あそこで戦っているのは、先程の不快な男だな」
白い羽根と共に、不愉快そうなジークの声が降って来た。不愉快そうと言っても、一応戦っている彼らには聞こえないよう押さえてはいるらしい。
声に慌てて振り返れば、今朝方分かれたはずのジーク、ウラタロス、そしてキンタロスの三人が何とも微妙な表情で立っていた。
声に含まれる「不愉快」をそのまま表情にしたようなジーク、そのジークを困ったように見つめる二人。
「あんた達、どうして……」
「どうしてって聞かれると困るんだけど……強いて言うなら、ジークの勘、かな?」
特に待ち合わせていた訳でもないのに集った。
分かれた意味がないと思うと同時に、何らかの意志が働いているのではとも勘繰ってしまう。
それはウラタロスも同じなのか、普段は怜悧な視線にやや剣呑な色が浮かんでいるのが見て取れた。人を騙し、己の掌で転がす事は好んでも、誰かの掌の上で転がされるのは嫌いなのだろう。
「それにしても……このままじゃ、あいつに負けるかもね。彼ら」
ちらりと視線を戦いの方へ向け直し、ウラタロスは小さな溜息と共に言葉を吐き出す。
確かに彼の言う通り、数の上ではケルベロスの方が不利。そうであるにも拘らず、劣勢なのは戦士達の方だ。
「何や、あいつジークにコテンパンにされたはずやのに、随分と元気やないか。それとも、あの兄ちゃん達が弱いんか?」
「いいや、単純に回復力の問題だろう。アンデッドと同化しているあの男は、攻撃されても即座に回復する」
キンタロスの言葉を、冷静にジークが返す。
言われてみれば、確かに戦士達の攻撃を喰らっても、ケルベロスはすぐに回復しているのが分かる。
斬られ、撃ち抜かれても、その傷は少しの間を置いて何事もなかったかの様に塞がっていく。そこに有利を感じ取ってでもいるのだろうか。どこか焦りが見える戦士達とは裏腹に、ケルベロスの……否、天王路の高らかな笑い声がその場に響く。
「人間とアンデッドが完全に融合した私こそが、最強なのだ!」
己の力を見せ付けるかのように、ケルベロスは近くに立っていた緑の戦士の体を捕え、そのまま打ち捨てるように放り投げる。
その勢いで近くの鉄柱にぶつかる……と恐らくその場にいた誰もが思った刹那。唐突に現れた一人の男が、その体を寸前で受け止めた。
……それは先程ケルベロスに追われていた、「緑色の血の男」。確かケルベロスや緑や赤の戦士は、彼の事を「カテゴリーキング」とか呼んでいたか。
しかしキンタロス達が見た、ケルベロスに襲われていたあの時とは異なり、彼が浮かべる表情には余裕が感じられる。
「お前は……」
「何の真似かな?」
彼の登場が意外だったのだろう。戦士達の動揺と、ケルベロスの不信感が伝わってくる。
それは、彼がアンデッドと言う存在だからだろうか。本来なら人と敵対しているこの男が、人を守るために戦っている緑の戦士を助けるはずがない。
「さっきはこの坊やに助けられたんでねえ」
皮肉気に口の端を歪めてケルベロスに言うと、今度は緑の戦士に向き直って更に言葉を紡ぐ。
「頑張ってくれよ? 実現させようぜ。君の望んでいた、平和って奴を」
その言葉に、緑の戦士は嬉しそうに頷く。仮面の下で顔が笑みの形をとっているであろう事が、容易に想像できるくらい。
しかし昨日、ハナ達は彼が男に和平を……人間との共存を持ちかけ、その言葉がにべもなく一蹴されたところを見ている。
だからこそ、カテゴリーキングの言葉が信用できない。それに、彼の態度はどことなくではあるが、大きな嘘を吐く時のウラタロスに通じる所がある。
……だが、戦士達の方は違うのだろう。そもそも身近に嘘を吐く者がいないのか、素直に彼の言葉を聞き入れ……
『RUSH』
『BLIZZARD』
『POISON』
カテゴリーキングの言葉に応えるように、緑の戦士が、三枚のカードを持っていた杖へ読み込ませると、電子音がカードの能力を知らせ……彼の技と思しき反応が現れる。
『BLIZZARD VENOM』
「『毒の吹雪』……?」
誰にと言う訳でもなく宣言された電子音を直訳し、ハナが軽く首を傾げる。
刹那、緑の戦士の杖から氷が、それこそ吹雪のようにケルベロスに向かって吹き付けられた。そしてその寒さに凍てついたらしいケルベロスの体に、彼はその杖を深く突き立てる。
技の名前からすると、この瞬間に猛毒がケルベロスに注ぎ込まれているのかもしれない。
思った瞬間、戦士はケルベロスから身を離し、ケルベロスも己を覆う氷を砕いて追撃に入る。それでも、最初に感じた覇気が薄れているように思えるのは、ハナの気のせいか。
何にせよ……場の流れが変わったのを、その場にいた全員が感じていた。
レンゲルの「ブリザードベノム」を喰らってもなお平然としているケルベロスに対抗すべく、ブレイドは己が手札から二枚のカードを取り出し、金色の鎧を纏いし姿……キングフォームへと進化する。
それは、本気で天王路を……否、ケルベロスを倒す決意があると言う事。
「私を……私を封印するつもりか? 君達をライダーに選び、その力を与えてやった、私を!」
「全てのアンデッドを封印する。それが俺の仕事だ!」
「違う! 私と言う、新たな神を生み出す。それが、君達の仕事だったのだ」
「誰に命じられた訳でもない。俺は、全ての人を守りたい。そう願った!」
アンデッドの封印は表向きの理由。真の理由は天王路に時間を与える事。
……それが、仮面ライダーと言う名の「駒」の仕事だったはずだ。少なくとも、天王路はそう思っていた。
だが……仮面ライダーは、物言わぬ「駒」ではなく、自我を……確固たる意思を持つ「ヒト」。それ故に、何もかもが天王路の思い通りになる謂れなどなかったのだ。
その事に今更のように気付き、ギシリと天王路は奥歯を噛み締める。
自分の計画は、最初から致命的な欠陥があったと言うのか。否、そんな事はない。甘言で誑かし、財力で頬を叩く事で服従させてきたはずだった。
それなのに……
――何を、どう違えた!?――
思いつつ、よろめく体を何とか起こしてケルベロスは再度攻撃態勢に入る。
だが……ケルベロスが体勢を整えきるよりも先に。
「剣崎!」
ブレイドの進化に呼応したのか、ハートのキングのカードを使い、カリスもまた、黒から赤へ……ワイルドカリスへと進化した。
それと同時に、彼は持っているカード全てを宙に投げると、投げられた十三枚のカードは空中で一枚のカード……ワイルドと呼ばれるカードへと変ずる。
「やれ! 剣崎!」
気がつけば、ケルベロスを挟み込むようにしてブレイドとカリスが立っている。
その位置を利用し、前方からブレイドの放ったロイヤルストレートフラッシュが、そして後方からカリスの放ったワイルドサイクロンが、同時にケルベロスの体を襲った。
二つの強力な必殺技を喰らい、さしものケルベロスも回復力が追いつかないらしく、ガクリとその場に膝を付く。
これ以上彼らと戦うのは不利と判断したのか、それとも生物としての本能か。
半ば強引に立ち上がると、ケルベロスはよろよろとした足取りで建物の外へ向かって歩を進める。
「……馬鹿な……」
建物の中にいた時は気付かなかったが、いつの間にか降りだしていたらしい。激しく叩きつける様に降り注ぐ冷たい雨の中、ケルベロスから人の姿へと戻った天王路が呆然とした表情で呟きを漏らした。
キングの力を持った二つの技を喰らって、それでもまだ生きていられるのは、ケルベロスと融合していたためなのだろう。とは言え、彼がぼろぼろである事には変わりない。
彼の傍らにケルベロスのカードが落ちているのは、天王路にかかるダメージをケルベロスが引き受け、そしてそのダメージの大きさ故に融合に耐え切れなくなったが故なのか。
「天王路! 諦めろ! お前の望みは叶えられない!」
変身を解き、追ってきた剣崎の声が、氷雨と共に天王路の体に突き刺さる。