クロスシリーズ

□過去の希望、未来の遺産
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【その11:望みを叶えよう】



 橘朔也。
 ダイヤのエースに選ばれた者。
 「朔」とは新月、月の最初。


 林の中で倒れていた始を見つけたのは、剣崎達の所へ向かおうとしていた睦月だった。
 彼はすぐに始を人目につかない廃墟とも高架下とも思える場所へ運ぶと、彼の師匠たる橘に連絡して彼の到着を待つ。そして橘が到着するや否や、始の容態を伝えた。
「かなりのダメージを受けています」
「カテゴリーキングが追っている。ヤツを封印するために」
「あいつが……?」
「……こっちに来い」
 やや悲しげに目を伏せて呟く睦月を誘い、眠っている始から離れる様に二人は奥の方へと向かう。
 何の躊躇もなく離れていく橘と、少しだけ始を気にかけつつその後を追う睦月。
「剣崎から電話があった。白井とこっちに向かっている。『それまで始を頼む』と言ってたよ」
「……はい!」
「だが」
 勢い良く返した睦月の声は、橘の短い否定によって遮られた。
 そしてそれを聞いた途端、嫌な予感が睦月の胸の内をかすめる。
「……睦月。リモートのカードを渡せ」
「……何を言っているんですか、橘さん!」
「ヒューマンアンデッドを解放する。その上でジョーカーと……カテゴリーキングを封印する。そうすれば勝利者はヒューマンアンデッドだ。人類は滅びない」
 カテゴリーキングを封印した時、最後の勝利者は相川始……ジョーカーとなる。
 その時、統制者が叶える望みは「相川始」の物なのか、それとも「ジョーカー」の物なのか。
 始の望みを叶えるならば構わない。彼の望みは「人として生きていく事」だ。恐らくは今と変わらぬ平穏な日々が訪れるだろう。
 ……だが、叶える対象がジョーカーの望みならば、それは世界の破滅を意味する。
 そんな不確実で危険な賭けに出る程、橘は始を信用出来ない。
 人類が、確実に生き残る方法は……もはや、「人類の勝利」に頼るしかない。
 ……それが、橘朔也と言う「科学者」が出した結論だった。
「剣崎さんは……承知しているんですか?」
 必死に冷静を装おうとしているのか、震える声で睦月が問う。だが、それに返すのは沈黙。
 それでも睦月にとって、それは充分な答えだった。
 橘はこの事を、剣崎には話していない。
「…………嫌です」
「わかっているだろう。あいつはジョーカーだ!」
「だけど! 『相川始』はどうなるんですか! ……剣崎さんは、信じています。ジョーカーは世界を滅ぼしたりしないって」
 ただひたすらに、真っ直ぐに。剣崎が始を信じている事を、睦月も橘も知っている。
――例えあいつの正体がジョーカーだとしても、あいつは人間になろうとしている。自分の運命と戦っているんです――
 かつて、剣崎がそう言っていた事を思い出す。
 そしてその思いは、今でも恐らく変わっていない。ひょっとすると、もっと強くなっているかもしれない。剣崎一真とはそう言う男だ。一度信じたら最後まで信じ抜こうとする。
 そしてその真っ直ぐな想いは、やがて他人に伝播し、更に周囲を巻き込んで、いつの間にか大きな流れへと変わっていく。
 そして……今の睦月もまた、その「想い」の伝播を受けたのだろう。真っ直ぐに橘を見つめ返すと、自身の拳を軽く握り締め……
「俺も……信じたい」
 睦月のその言葉には何も返さず、ただゆっくりとギャレンバックルを構える橘。
「誰でも、運命と戦う事はできるはずです。……違いますか!?」
 橘に対抗するように、睦月もレンゲルバックルにチェンジスパイダーのカードをセットする。
 変身したのはほぼ同時。
 そして勝負は一瞬だった。
 大きくロッドを振り下ろしたレンゲルに対して、ギャレンは滑り込むようにして体を倒すと、左足でそれを止め、逆に相手の胴めがけて銃弾を打ち込んだ。
 変身しているとは言え……そしてカードによる強化がされていないとは言え、超至近距離からの発砲をまともに喰らったのだ。レンゲルの体はくの字に曲がり、小さな呻き声がその口から漏れる。
「……やっぱり、強いですね……橘さんは…………」
 その声に悔しさなど微塵もない。むしろどこか嬉しそうにレンゲルはそう呟くと、睦月の姿に戻ってその場で気を失って倒れこんだ。
「馬鹿野郎……」
 倒れた睦月に対し、優し気にギャレンはそう呟く。
 そして、視線をいつの間にかそのやり取りを見ていた始に持っていくと、ゆっくりと近付きながらその腕を伸ばして銃口を相手に向ける。
 始の顔には、怒りも、絶望も、悲哀もない。(むし)ろそれが当然と言わんばかりにその銃口を見つめ返し、ギャレンも引鉄を引こうと指をかけた……その時だった。
 始の携帯電話が鳴ったのは。
『もしもし始さん?』
「……天音ちゃん」
 着信画面を見ずに電話に出た途端、電話口から響いたのは始が最も大切に思う少女の、心配そうな声だった。
『やっと出てくれた。始さん、今どこにいるの?』
「うん、ちょっとね。買い物があってさ」
『買い物? だったら私も行く!』
「ダメ。内緒の買い物なんだ」
『え……? もしかして……私の進級祝い!?』
「……ははっ……ばれちゃった?」
『うわぁ、楽しみ。ねえねえ、何買ってきてくれるの?』
「それは後のお楽しみ」
『早く帰ってきてね? ……剣崎さん達と一緒なの?』
 その言葉に、一瞬だけ始の言葉が詰まる。それまで続いていた会話が止まり、ギャレンの銃口に向けていた視線も揺らぐ。
 その表情が「迷い」を示している事に、ギャレンは瞬時に気付いてしまう。
 それは自らが吐いている嘘に対してか、それとも、出来ぬ約束に対しての罪悪感からか。
「……うん。すぐに帰る。剣崎も……皆一緒に」
『約束ね』
「約束する」
 上辺だけは穏やかな声でそれだけ言うと、始は電話を切り、もう一度真っ直ぐにギャレンへ視線を向け直す。
 向けられた方の表情は、仮面に隠れてよく分らない。だが、銃口は微塵もぶれずに始に向かって狙いをつけている。
 ……重苦しい沈黙だけが、その場を包んだ……


 西暦二〇〇七年一月。
 仕事場からようやく家へ帰り着いた橘を、異形が出迎えるようにその姿を現した。
 過去に見た事がある姿形。それは封印したはずの、あるアンデッドの姿その物だった。
「お前は……! 何故解放されている!?」
「何の事か分からんな」
 驚く橘に短く答え、そいつは彼に向かって右手を突き出した。
 その仕草は危険なものだと、橘の勘が告げる。それと同時に、条件反射でその「攻撃」を避けた。
 よく見ると、左腕には彼の知る人物が抱えられている。
 変身をしたくても、手元にギャレンバックルはない。橘は相手を見据えつつその距離をとった。
 疑問に思う事はいくつもあるが、相手は答えてくれそうにない。抱えられた人物を見捨てて逃げるべきか、それとも助けるべきか。迷っている間にも、異形は橘との距離を詰め……
「全く。契約の邪魔を、するな」
 苛立った様に異形……イマジンはそう言って、再び橘に右手を向ける。
 ……一刻も早く、己の契約を遂行するために。


「……まぁたモモタロスと一緒?」
「露骨に嫌がってんじゃねぇよ、この洟垂れ小僧」
 眉根を寄せ、力一杯つまらなそうに言うリュウタロスに、不機嫌な声で返すモモタロス。
「先輩もリュウタも、喧嘩はやめようよ。とにかく今は、『あの人』探さないと」
 オーナーの言っていた人物を探し、モモタロス達三人は海辺を歩いていた。海辺とは言うが、彼らがいるのは砂浜ではなく岩場。少し離れた所には切り立った崖も見える。
 オーナー曰く、「その人物」は海の近くにいるとの事だったのだが……
「大体、居場所知ってんなら正確な場所教えろよな、あのおっさん……」
 足元に転がる石を蹴り飛ばしつつ、ブツブツと文句を言うモモタロス。
 そう言いたくなる気持ちも、分らなくもない。そもそも、本当に妙な事だらけなのだ。
 トンネルが増えている原因を調べていたはずなのに、いつの間にか「アンデッド」とか言う存在を調べているし、しかも今度はそれに関わる人物を助けろと言う。
 トンネルの正体を知っているくせに、何も語ろうとしないオーナーに、モモタロスは苛立ちを覚えていた。
「大体、トンネルが増えて、何か問題でもあんのかよ」
「鬱陶しいじゃん」
「確かにな。けどよー……おっさんの物言いからすると、それだけじゃなさそうじゃねーか」
「これは、僕の推測だけど、トンネルは『別の世界』と繋がってるんじゃないかな」
 何の気なしに放ったモモタロスの問いに、いつもより少しだけ低い声でウラタロスが返す。
 その声の低さに驚いたのか、不思議そうな表情でリュウタロスは声の主へ視線を向ける。向けられた方は、自身の顎を指でなぞりながら、瞑目して何かを考え込んでいた。
「別の世界ぃ…?」
 放たれた言葉に、今一つ実感が湧かないのだろうか。モモタロスの方は足を止め、眉を顰めてその言葉の意味を理解しようと考え込む。
「そ。僕達の知る『今』とは全く違う『今』が存在する世界」
「違う『今』って、つまり違う『時間』って事?」
「……どうだろう。例えば、あるトンネルの向こうでは、リュウタがダンスを踊れなかったり、あるいはキンちゃんが標準語でマシンガントークしてたり、かと思えば先輩の頭が異様に良かったり……」
「うわ。ありえない」
「をい待て亀公。何だその例えは」
「……そもそも、最初から、良太郎が存在していない世界かもしれない」
「…………え?」
 「良太郎が存在していない世界」。
 その言葉を聞いた瞬間、今まで純粋に楽しそうだったリュウタロスの表情が一転して寂しそうな物へと変わった。
 同時に、ツッコミを入れていたモモタロスの顔もまた、厳しい物へと変化する。恐らく、その「可能性」が孕む危険に気付いたからだろうか。
「……良太郎のいない世界なんて、そんなのつまんないよ……」
「深刻なのはそこじゃねぇだろ。そんな世界と繋がっちまったら……」
「先輩も気付いた? 本当に怖いのはね、リュウタ。もしそんな世界と繋がったら……最初から、『なかった事』になっちゃうって事なんだよ」
「……どう言う、事?」
 震える声で問いかけるリュウタロス。そしてそれに答えたのは、深刻な表情のモモタロスだった。
「良太郎が最初っからいねぇって事は、だ。俺達が電王になる事も……良太郎に憑く事もねぇんだよ。当然、俺らがこうやって、この姿で歩く事すらねえ」
 普段こそ、猪突猛進、脳みそ干物、考えても即座に考えるのをやめる傾向にあるモモタロスだが、こう言った「良太郎に関する事」に関しては頭が回る。
 野生の勘なのか、それとも本当は頭の回転が速いのにそれが長続きしないのかは不明だが、時折彼の「頭の良さ」にはウラタロスも驚かされる。
 先を越され、ほんの少しだけ感じた悔しさを顔には出さずに、ウラタロスはリュウタロスの顔を見つめる。
 その、心なしか青褪めたように見える顔を。
「……う、嘘だ。だって僕、ちゃんと良太郎に憑いたもん! お姉ちゃんにも会えたし、モモタロス達とだって……!」
「そう。『この世界』ではね」
 今にも泣き出しそうなリュウタロスの頭を撫でながら、ウラタロスは優しい声で答える。
 その声の中には、ほんの少し、安堵が混ざっていたのを感じたのは、モモタロス自身もウラタロスと同じ気持ちだからだろうか。
「でも、トンネルが増えてるって言う事は、そういう『もしかして』の世界と繋がってしまう可能性が高いって事なんだ」
 もしそうなったら、今の自分はどうなるのだろう。
 記憶が書き換えられて、「この時間」、「この世界」の事を忘れてしまうのだろうか。
 それとも「今」の自分のまま、「違う世界」を生きる事になるのだろうか。
 はたまた、自分の存在そのものが、カイの様に消えてしまうのだろうか。
 どの結果になっても、今の自分はそれを受け入れる事が出来そうにない。ならば、そうならないように努力するのみ。
「とにかく……俺らが『アイツ』を助ける事で、その可能性の一つを潰せるって事だろ」
「あれ? 先輩にしては頭の回転速いじゃない?」
「うるせぇ。俺だって考える時は考えるんだよ」
 ようやくいつもの調子を取り戻したのか、自身のこめかみを人指し指で軽く叩きながら言うウラタロスに、フンと鼻で笑ってモモタロスが返す。
 オーナーは言っていた。
 「その人物」を助けなければ、あるトンネルに飲み込まれると。
 ならば裏を返せば、そのトンネルの侵食を防ぐ事ができると言う事ではないのか。
 ようやくその考えに到ったのか、それまで暗く落ち込んだような色を浮かべていたリュウタロスの顔に、ぱっと光がさす。
 それは、他の二人が「いつも通り」でいてくれた事も大いにあるのだろう。だから、彼も「いつも通り」にしようと顔を上げた刹那。その視界の先……離れた崖の上に、目的の人物を見つけた。
「あ、みーっけ!」
 その人物が、今まさにクライマックスを迎えようとしている事など、その時の彼らは知る由もなかった……


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