クロスシリーズ
□過去の希望、未来の遺産
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海岸沿いの廃墟とも廃墟ともつかぬ「どこか」の中を、ジークはただ無言で歩を進めていた。
後ろで、ハナが怒った様な顔をしているがそんな事を気にかけている様子はない。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
唐突に響き渡ったその声に、ハナ達は聞き覚えがあった。
確か、先程の店にいた……始、という名の青年の声。
慌ててその声のした方に向かい……そして、見てしまった。
相川始が、ジョーカーへと変貌する瞬間を。同時に、奇妙な形をした黒い石板から、ゴキブリに似た人間大の黒い怪物が無数に現れるところも。
「何や、あれ……!」
思わずあげたキンタロスの声に気付いたらしく、その異形達は一斉にこちらを見る。
その光景に生理的な嫌悪感と生命の危機を覚え、ハナは思わず数歩後ずさる。
……しかし、それらが襲ってくる事はなく、ただ彼女達を見ているだけにとどまっている。
「これが、お前の望みか?」
ゆっくりとその異形達を見回しながら、ジークが静かな声でジョーカーに問いかけた。
まるで、何が起こったのかを知っているかのように。
「……違う。俺は…………こんな事を望んだんじゃない」
「だが、ダークローチはこの通り存在しているぞ?」
いつもと同じ高圧的な、それでいてどこか憐れんでいるかのような表情で、ジョーカーから視線を離さない。
仕草は優雅だが、どこかいつもの独裁的な雰囲気に欠ける。
「……統制者が叶えるのは『アンデッド』の望み。『俺』の……『相川始』の望みじゃない」
「…………お前は……忘れているのだな。自分が何者なのかを」
ジョーカーの言葉を聞いて、どこか悲しそうに呟くジーク。その言葉は、まるで他に……ジョーカー以外の何か別の正体があるかの様にも聞こえる。
その事に気付かないのか、ジョーカーは一瞬だけ視線を床に落とし……しかしすぐに顔を上げると、真っ直ぐにジークを見つめ、苦しげに声を吐き出した。
「俺は……ジョーカーだ」
「ふむ。お前がそう思うならばそれでも構わん」
「俺は、世界を滅ぼしたくない」
「……この世界を愛し、それ故に『奴』に縛られたか、アンデッドとして」
会話がかみ合っていない。だが、お互いにそんな事はどうでも良いのかもしれない。
それだけ言うと、ジークはくるりと踵を返す。それを好機と取ったのか、今まで黙って見ていた異形……ジークはダークローチと呼んでいた……が彼らに襲い掛からんとする。だが。
「頭が高い!」
ジークが怒鳴ると同時に、それらが途端に小さくなる。
「……戻るぞ、姫、お供その三。これ以上ここにいる事は好ましくない」
「あんた……」
何のつもりか、と聞こうとして、ハナは思わず言葉に詰まった。
……ジークが、今にも泣きそうに見えたから……