クロスシリーズ

□過去の希望、未来の遺産
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【その13:簡単にいかない結末】



 様々な世界を統治する、二十二の存在。
 その中の一人が、この世界を統べている。
 その中の数人が、この世界を欲している。


「どう言う事だよ……!?」
 デンライナーに戻ってくるなり、モモタロスは叫ぶようにそう言った。
 彼の視線の先には、以前見た時よりも更に大きく口を広げている「二〇〇五年のトンネル」。
「橘を助けたら、あのトンネルは消えるんじゃなかったの!?」
「そんな事は言ってませんよ? ただ、橘さんを助けなければ、トンネルに飲み込まれる、と言っただけです」
 リュウタロスの抗議の声に、淡々と答えるオーナー。
「それってつまり、彼を助けなければ確実にあのトンネルの向こうに繋がったけど、助けたから繋がる可能性が少し減ったって事か。僕とした事が、まんまとオーナーに釣られちゃったみたいだねぇ」
 よく考えれば、分かる事であったはずなのに。
 言葉遊びが得意なウラタロスでさえ、オーナーの言葉を曲解していたのは、それだけオーナーの言葉が巧みだったのか、あるいはそんな簡単な事にも気付かぬ程、ウラタロスが焦っていたのか。
「侵食のスピードは格段に落ちましたけどねぇ」
 そうは言うが、彼の視線の先にあるトンネルの大きさは異常だ。既にこの時間の半分近くまで侵食している。
 そのトンネルを見ているだけで、嫌な感じがするのは何故なのか。
「スピードが落ちたって……まだあのトンネル、広がっているんですか!?」
「おやハナ君、お帰りなさい。……ええ。広がっていますよ。少しずつ……少しずつ」
 いつの間にか戻ってきたハナの問いかけに、オーナーの表情が曇る。
 まるで、自分では止められない事に苛立っているかのように。
「せやけど、あの向こうってホンマにどないなってんのやろうな?」
「おや? キンタロス君。……見たいですか?」
 興味本位で言ったキンタロスの言葉に、オーナーがずずいと詰め寄りながら返す。
「でも、行けねぇだろ? トンネルの向こうに行けるチケットなんて……それこそ、神の路線でも使わねぇ限り無理だろうが」
「……ありますよ、あの向こうに行くためのチケットなら」
『……え?』
 ケッ、と顔を顰めながら言ったモモタロスの言葉に、思いもかけなかった返事を返され……言った本人とナオミ以外の声が綺麗にハモる。
 普段はあまり驚かないジークですら、きょとんと目を見開いてオーナーの顔を凝視しているのだから、余程の事なのだろう。
「トンネルの向こうは、『異世界』に繋がってるんだって思ってたんだけど……僕の勘違いだったのかな?」
「いいえ、違いませんよ。ウラタロス君の言う通り、あのトンネルの向こうは違う時間、違う空間……言わば『異世界』とも呼べるべき場所。本来なら、あの向こうに行く事はできませんし、このチケットも存在しない物なのですが」
 「異世界」という単語に、全員の顔が強張る。
 そんな物が本当に存在するとは思っていなかった者もあれば、その存在に危険を感じている者もいるし、あるいは未知なる物への期待感を抱く者もいるようだ。
「そのチケットってぇ、あの人が持ってきた物ですよね?」
「そう。彼女が持ってきた、正式なチケットです」
「彼女?」
 ナオミとオーナーの会話の意味がよく分からず、ハナは不思議そうに口を挟む。「彼女」と呼ばれるような存在に、心当たりが全くない。デンライナーの中は、基本的に女性人口が圧倒的に少ないのだ。
「ハナさん達が外で調べてくれている間に、お客さんが来たんです。すっごく綺麗な人でしたけど……あれ、結局誰だったんですか?」
「……デンライナーの製作者であり、元の所有者(オーナー)です。色々とお忙しいそうで、私にデンライナーを預けてからは、滅多にいらっしゃいません」
「ええ? あの人、オーナーだったんですか?」
「つーか、おっさんが最初からこの列車のオーナーじゃなかったって方に驚きだな」
 今まで考えてもみなかったが、オーナーとて人間である…………多分。
 生まれた時からデンライナーのオーナー、と言う訳でもないだろうし、この列車の昔のオーナーがいたとしても、何の不思議もないのではあるが……
 想像できない、と言うのが正直な感想ではあった。少なくとも目の前にいるオーナーの子供時代と言うのは、何一つ想像出来ない。最初から今みたいな掴みどころのない存在だったように思える。
「……とにかく、チケットがあるからには、あの向こうに行く事もできます」
「異世界かぁ……面白そうですねー」
 人指し指を口元に当て、心底面白そうにナオミが言う。
 だが、この場で楽しそうなのは彼女だけ。他の面々はあまり乗り気ではなさそうな表情でオーナーの差し出すチケットを見つめていた。
 特に、いつもなら最も乗り気になりそうなリュウタロスが黙っているのは……余程、「野上良太郎のいない世界」の話が怖かったからなのだろう。
「……あの向こうへ行って、何が分かるってんだよ」
「それは私も分かりません。私もあの向こうに行った事がありませんからねぇ。行った事があるのは、このチケットを持っていた彼女だけ、でしょう」
 そう言うと、オーナーは小さく溜息を吐き……持っていた二枚のチケットを投げ、モモタロスが着ているジャケットのポケットへ放り込んだ。
 ストンと吸い込まれたそれを取り出すと、日付以外には何の絵柄も書かれていない。書かれた日付は二〇〇五年一月二十三日と二〇〇八年四月十八日。
 その日付が、何を意味するかは分からない。
「それを使うかどうかは、君達に任せましょう」
「これ使って……帰って来れるのかよ? この時間……って言うか『この世界』に」
「…………さあ?」
 ひょいと肩を竦めてそれだけ言うと、彼はひらひらと手を振って食堂車を後にする。どうやら言葉通り、どうするかをモモタロスに一任したと言う事か。
 その後姿を見送り、最初に口を開いたのはウラタロス。彼は軽く苦笑を浮かべつつも、ぽんとモモタロスの肩に手を置き、問いを放った。
「……で? どうする、先輩?」
「何で俺に言うんだよ」
「何言うとるんや。渡されたんはお前やで、桃の字。お前に任せるのが筋ってモンやろ……ぐごー……」
 うん、と大きく一つ頷いたかと思いきや、そのまま腕を組んで眠るキンタロス。そしてその脇では悠々と羽根を撒き散らすジークと、どこかつまらなそうにこちらを見るリュウタロスが、口々に無責任な事を言い放つ。
「好きにしろ、お供その一」
「それ使って戻れなかったら、僕怒るよ?」
「…………だぁぁぁぁぁっ! お前ら好き勝手言いやがって! こうなったらごちゃごちゃ考えるのは止めだ! 使ってやろうじゃねーかよ、この訳わかんねぇチケットを!」
 周囲にプレッシャーをかけられた為か、それとも本当に考えるのを()めただけか。
 とにかく、モモタロスは渡されたチケットのうち、二〇〇五年一月二十三日の方をパスケースに収め、運転室の方を向く。
 それでも、不安はあった。
 トンネルの向こうへ行っても、自分は「自分」のままでいられるのだろうか、と。
「……おい、ハナクソ女。お前に頼みたい事がある」
「…………何よ?」
 ハナクソ女と呼ばれ、一瞬グーで殴ってやろうかとも思ったが……普段聞かないモモタロスの真面目な声に、ハナはぐっと思い留まる。
 ……殴るのは、いつでもできるから、とりあえず今は話を聞こうとしているだけなのかも知れないが。
「もし俺が……俺達が、お前の知ってる『俺達』でなくなったら……その時は、デンライナーを『この世界』に戻せ」
「ちょっ……! ナオミちゃんに頼みなさいよ。私じゃデンバードに足が届かないし……」
「良いか? 良太郎が乗ってねぇ今、特異点は……『絶対に変わらねぇ』って言い切れるのは、お前だけだ。だから、頼む」
 真剣な表情でそれだけ言うと、今度こそ本当に、モモタロスは運転室へと向かって行く。
 恐らく……他のイマジン達も、モモタロスと同じ気持ちなのだろう。各々が険しい表情で席に着いている。
――自分が、自分じゃなくなる――
 ……それは、彼女が先程見た、相川始も、ある意味においてそうだったのではなかろうか……


「……起きたか。面倒だな」
 「JACARANDA」から連れて来た存在が目を覚ましたらしい。
 動けないようにしてあるとは言え、移動中にジタバタされるのは非常に面倒かつ厄介である。
 そんなイマジンの苛立ちなど知った事かと言わんばかりに、相手は自由の利かない体を大きく揺さぶり、何とかその腕から逃れようともがいている。
「おい、暴れるな。お前を連れて行かないと、契約が完了しないんだ」
「契約……?」
「そう。契約が完了すれば自由にしてやる。それまでじぃっとしていろ……」
 契約と言う単語が不可解なのか、不審そうに呟くその人物に対し、イマジンは軽く笑ってそう答えた。


 マシンデンバードに跨り、モモタロスはパスケースをセットする。それと同時に、デンライナーの行き先も決まる。
 ……トンネルの向こうの、西暦二〇〇七年一月二十三日に。
 それが確定した瞬間、デンライナーの前の空間にレールが敷設され、普段と変わらぬスピードで指定された場所へ向かう。
 そこまでは順調だった。だが、トンネルに入ったその瞬間。
『PRISON』
 唐突に、車内に電子音が響く。おまけにそれはチケットを入れたパスケースから聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか。
 ぎょっと目を見開いて驚きの表情を浮かべるモモタロスを嘲笑うかのように、デンライナー全体を乱気流にも似た風が覆う。
 ……風など起こるはずのない、この「時間の中」で。
「何だ何だぁ!? 一体何が起こったって言うんだよ!」
 その異常な事態に、思わず彼は声をあげる。
「ちょっと先輩! 何に捕まったの!?」
「捕まったって、何の事だ!? って言うか、入って来てんじゃねぇよ亀公! 気が散るっ!」
「そんな事言ってる場合じゃないって! さっきの『プリズン』の意味、知らないの?」
「知るか! 『プリン』なら知ってる!」
 珍しく慌てた様子で入ってきたウラタロスに、振り返りもせず返すモモタロス。それもそのはず、彼は今、運転するのに忙しいのである。
 急に現れた風に車体が煽られているのか、下手に気を抜けば脱線しないとも限らない。操縦桿を押さえていないと、風に持っていかれそうになっている。
 ……仮に持っていかれてしまったら、元の世界に戻る事すら危うくなる。それは避けたい。
「ああ、やっぱり。そうだよね、分ってたらそんなに落ち着いてないよね。って言うかプリンって……最近先輩の脳みそは、干物じゃなくてプリンが詰まってるんじゃないかって思えて仕方ないよ」
「そんな誉めるな。で? その『ずんだプリン』ってのは何だ? 随分美味そうじゃねーか」
「誉めてないし、そもそも『プリズン』だから。ちなみに意味は、『牢獄』」
「へぇ、『牢獄』。………………って、何ぃぃぃっ!」
 事の重大さに気付き、思わずウラタロスの方を向きかけるが、デンライナーの状況を考えそれはやめる。
 デンライナーを覆う風の膜のせいで、車体はがくがくと小刻みに揺れ、それに併せて操縦桿もフラフラと左右に振れる。
 操縦桿を押さえていないと、そのままトンネルの内壁に激突する恐れもある。
「くそ……! まるでデンライナーが暴走した時みてーじゃねぇか! しかも『牢獄』だぁ? 冗談じゃねえぞ!」
「方向転換とかできない?」
「無理だ! ハンドル握ってトンネルにぶつからねえようにするので精一杯だよ!」
 少しでもハンドルを切ろうとすれば、周囲の風に煽られているせいか、強い力でハンドルを元の位置に戻される。そもそもトンネルの中で方向転換と言う器用な真似は難しい。
「……こうなったら、とことんまで付き合うしかなさそうだね」
 トンネルの出口を見据えながら、ウラタロスが諦めたように呟きを落とすのだった……


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