クロスシリーズ

□過去の希望、未来の遺産
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【その22:時の守護者、合流】



 「皇帝に愛された子」。
 それは世界を守るために存在する者達。
 力と心の両方を兼ね備えた、強き者。


 西暦二〇〇八年四月二十日。
 野上良太郎は、珍しく暇を持て余していた。
 店を手伝おうとも思ったが、「今日は大丈夫よ」の一言でばっさり切られてしまったし……仕方がないので、近所をの公園をぶらぶらしていた。
「モモタロス達、今頃どうしてるかなぁ……」
 きっと彼らの事だから、今頃デンライナーの中で騒いでいるに違いない。そして、ハナに殴られているのかもしれない。
 空を見上げ、そんな「いつもの光景」を思いながら、良太郎は小さく笑う。
 だが、刹那。
 どこか牛の鳴き声にも聞こえる、聞き慣れた汽笛の音が響き、見上げた空の一部に歪んだような虹色の円が浮かぶ。同時に、そこから猛スピードで駆ける黒い影が螺旋を描くようにして自分の背後へと滑り込んできた。
「今のって……」
 ぎょっと目を見開いて振り返ると、そこには予想通り……牛を思わせる、黒い電車が停車していた。……デンライナーと同じく時の列車の一つであるゼロライナーだ。
 桜井侑斗と彼のイマジンが乗り、そして時の中へと帰って行ったはずの列車か、そこにあった。
「何で……」
「野上〜!」
 何故、今また自分の目の前に現れたのか。そんな疑問を口にするよりも早く、一人の青年が大きく腕を振ってゼロライナーから降り立つ。
 長い茶髪には一房だけ明るい緑色の髪が混ざっており、瞳の色も同じ鮮やかな緑に輝いている。
何が嬉しいのかわからないが、物凄い満面の笑みを浮かべ、勢い良くこちらに向かってくるその青年を、良太郎は知っていた。
「……デネブ?」
 それはゼロノスに変身していた、桜井侑斗と契約していたイマジン……デネブが、侑斗に憑依した姿だ。
「野上、久し振りだなぁ。元気だったか?」
「うん、まあ、そこそこ」
「そうか! あ、これデネブキャンディー。新作だ」
「ありがと……」
 良太郎の手に水色の包みのキャンディーを握らせ、デネブは嬉しそうに彼の顔を見る。
「おい、暢気に飴なんか渡してる場合じゃないだろ!」
「え……?」
 自分の背後から響いた声に、良太郎は思わず振り返る。
 そこにいたのは、デネブと同じ顔の青年。ただし、髪は短く、瞳の色も緑ではない。
 ……正真正銘、桜井侑斗がそこに立っていた。
「え……ええ!?」
「よくわからないんだけど、いつの間にかこの姿になってた」
 自分と侑斗を交互に見つめ、ぽかんと口を開ける良太郎。その疑問を感じ取ったのか、デネブは何故か照れたようにそう答えた。
「デネブの姿とか、そう言った話は後回しだ。野上、デンライナーのパスは持ってるな?」
「う、うん。一応持ってるけど……」
「なら良い。とにかく、ゼロライナーに乗れ。話はそれからだ」
「ちょ、ちょっと待って! まさか、またイマジンが何か……?」
「……来ればわかる」
 そう言うと、侑斗はかなり強引にゼロライナーへ良太郎を引き摺りこむ。
 何がなんだか、よくわからない。
 何かに巻き込まれるのはいつもの事だが、今回の事は尋常ではない。
 それは、侑斗の声の感じや眉間に寄る皺の深さからも良く分かる。分かるが……せめて、軽く説明くらいしてくれても良いのに……そう思いながらも、良太郎は成すがままになっていた。


 西暦二〇〇七年一月三十日。
 アンデッドに似たイマジンは気を失わせた剣崎と、未だもがき続ける始を抱えて、近くの山小屋のような所に入った。
 あまり使われていないのだろう、土間や囲炉裏の辺りには蜘蛛の巣が張られ、床の上に積もった埃は分厚い層になっている。
 そこへ剣崎と始の二人を投げ捨てるように放ると、今度は天井に吊るしていた睦月と橘に顔を向けた。
 吊るされている方はその顔を憤怒と当惑で歪め、自身に絡む拘束を引きちぎろうともがき続ける。
 だが、そんなささやかな抵抗も空しいだけ。もがく度に拘束は思惑とは逆にきつさを増し、自身の体重を支える鴨居が、みしみし、ぎしぎしと嫌な音を立てる。
 しばらくの間そうしていたが、やがてそれも無駄だと判じたのだろう。橘はふぅと溜息を吐き出すと、ギロリとイマジンを睨みつけ口を開いた。
「貴様の目的は何だ!?」
「目的? 契約者の願いを叶え、過去へと飛ぶ事だ」
「契約者?」
「過去へ、飛ぶ……?」
「最初に言っただろう」
 心底不思議そうな表情で、橘と睦月が口々に問う。だが、それ以上は答える気がないらしい。イマジンは口の端を歪めて笑うと、ゆっくりとした歩調で始に近付き彼の目隠しと猿轡を取った。
 瞬間、殺気立った眼差しでイマジンを睨みつける始。
 同時に彼の姿がゆらりと歪み……
「駄目です相川さん! ジョーカーになっては!」
 睦月に言われ、不思議そうな表情で辺りを見回し……そして気付いた。
 手を伸ばせば届く距離に、剣崎一真がいる事に。
「剣、崎……?」
 その呟きは、どこか嬉しそうで……だが同時に、どこか絶望しているようにも聞こえる。
 ……イマジンはただ、ニヤニヤとその様子を眺めているのであった……


 ゼロライナーに乗せられた良太郎が見た物は、大小様々な、沢山のトンネル。しかし不思議な事に、どこからも線路が延びていない。
「トンネルが増えてる……?」
「確実にな。しかも、アレはただのトンネルじゃない」
「え?」
「ゼロライナーのオーナーの話じゃ、『異世界への出入り口』らしい」
 突拍子もないその一言に、一瞬、良太郎の思考が停止した。
 電王に変身する事になった時も、同じようになった事があるが、今回はそれ以上に突拍子もない気がする。
 「異世界の出入り口」と言われても、実感が湧かない。
「俺も半信半疑だったんだけどな。実際に連れてかれたら、信じるしかないだろう?」
「……行ったの? 線路もないのに?」
 良太郎の問いに、苦々しい表情で頷く侑斗。
「ネガタロスと戦う少し前に、ゼロライナーのオーナーに連れられてな」
「あの時は、本当に大変だった」
 良太郎にコーヒーを渡しながら、しみじみといった風に言うデネブ。
 イマジンとしての姿とは違い、人間の姿なので小さな表情もすぐ分かる。
「……モモタロス達も、人間の姿になってるのかな…?」
「多分な。今は二〇〇五年のトンネル近辺にいるらしいから、行けば会えるだろ」
「え?」
 モモタロス達に会えるかもしれないと言う喜びと、何故そんな事を侑斗が知っているのかと言う疑問が、同時に浮かぶ。
 だがそれを口にするより先に、侑斗が真剣な表情で口を開いた。
「野上、俺達はあの『異世界の出入り口』を塞がなきゃならない」
「……異世界と繋がったら、今度こそ、確実に『人間の未来』じゃなくなる」
「それ……どういう事?」
 二人の言わんとしている事の意味を図りきれず、思わず良太郎はそう問いかけていた。
 折角イマジンを……カイ達を倒したと言うのに、まだ何かあると言うのか。いや、確かにカイを倒した後も色々とあったが、「人間の未来じゃなくなる」と言わしめる程の大きな事件はなかったはず。
「とにかく、お前のイマジン達と合流する。話はそれからだ」
「ちょ、ちょっと待って……」
「西暦二〇〇五年一月二十三日。そこに行けば、お前も嫌でも分かるさ。……トンネルを塞がなきゃならない理由がな」
 慌てふためく良太郎の意思などお構いなしにそう言うと、侑斗は問答無用でゼロライナーを駆り始めた……


 アルビノジョーカーが完全に消滅すると同時に、デンライナーは元の世界へと向かっていた。
 トンネルの中ではまだ「風の結界」が張られていたが、トンネルを抜けると同時にその風も消えてしまい、パスケースに残されたのは、やはり「Common Blank」と書かれたカードだった。
「どうやら、元の世界(こっち)に戻ったみたいだね」
 窓の外の景色が、見慣れた時の砂漠になったのを見て、ウラタロスが疲れたように呟く。
 戻ってくる際の激しい揺れによる身体的な疲労もあるのだろうが、何より彼らは精神的に参っていた。
 ただ見ているだけと言うのは、あれ程までに辛い事だとは思っていなかった。
 干渉出来ないもどかしさは、それを経験した者にしか分からない。
「……結局、何だったんだろうね。僕達にあの世界を見せた意味って」
「……『異世界とは、遥か過去であり、遠い未来でもある』」
 ウラタロスの言葉に答えるように、ジークが小さくそう呟く。
 その言葉の意味が今一つ分からず、きょとんとした表情で、全員が彼を見た。
「それ……どう言う意味なの?」
「言葉通りだよ、姫。あの世界は、今回選ばれなかった時間であると同時に、この世界が辿った過去の歴史の一部であり、これから辿る未来の可能性でもある」
 別の世界とは、選ばれなかった時間。
 それは以前から、ウラタロスも予測していた。つまり、今回見た「結末」は、この世界では選ばれなかった結末と言う事になる。
 では……この世界では、何が選ばれなかったのか。
 そして、何を選んだが故に、あの世界になったのか。
 何よりも、今のジークの言葉……「この世界が辿った過去の歴史の一部であり、これから辿る未来の可能性」というのが引っかかる。
 それは、ウラタロスだけではなくハナもそうだった。
 アルビノジョーカーのとった最期の姿の意味が、まだ分からない。
 自分の知らない「何か」が、まだこの世界の過去に……西暦二〇〇五年一月にあるのではないだろうか。
 それを知るためには、自分はその過去(じかん)に行かなければならない。そんな気がする。
「ま、何にせよトンネルが増えてる原因ってモンを調べなあかん。また二〇〇五年の一月に向かう必要があるやろ」
「ええ。出来れば二〇〇五年の一月十六日に向かって頂けると、ありがたいんですがねぇ?」
 キンタロスの問いに答えたのは、いつの間にか定位置に座っていたオーナーであった。
「うおわっ! おっさん、いつからそこに!?」
「ジーク君の『異世界とは、遥か過去であり』の辺りからですかねぇ」
「……気ぃ付かんかった……」
 自分の存在に驚く……と言うよりもビビるイマジン達を尻目に、オーナーはゆっくりとカウンター席の方へと移動する。
「二〇〇五年一月十六日……」
「ダークローチが現れてから一週間程でしょうか。あ、ナオミ君。ババロアをお願いします」
「は〜い」
 奇妙な抑揚を付けて言いながら、オーナーはしゅるりとナプキンを首にかける。
 相変わらず、重大な事を言われているはずなのに、彼の仕草のせいかあまり危機感は感じられない。
「ねえねえ、何で僕達に橘を助けさせたの?」
「トンネルが繋がらないようにするため、と言ったはずですが?」
「うん。でも、トンネルの向こうでも橘は生きてたよ?」
「烏丸のおっさんは死んじまってたけどな」
 リュウタロスの言葉をモモタロスが継ぐ。
 もし、この世界の烏丸啓も殺されてしまうと言うのなら、歴史を変える事になってでも助けたいと、モモタロスは決心していた。
 もう、ただの傍観者でいる事だけはしたくない。
 だがしかし。オーナーの答えは、予想していない物だった。
「……橘朔也さんが『生きている事』が重要ではないんです。彼の怪我が『軽い事』が重要なんですよ」
 ナオミの出した旗の立っているババロアを掬いながら、彼はそう事もなげに言う。
「肝心なのは、彼が二〇〇五年一月二十三日に間に合うかどうかです」
「何で?」
「彼が結末を急かすから、ですよ」
 ……デンライナーの乗客達はまだ知らない。
 知っているのはオーナーだけ。
 この世界が迎えた、バトルファイトの結末を……


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