クロスシリーズ

□過去の希望、未来の遺産
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【その29:失った時】



 ブレイドジョーカー。
 それは、剣崎一真が運命と闘う事を選んだ姿。
 黒き姿に、アンデッドの血を意味する「緑」を纏い、運命を切り開く剣を携える者。


 剣崎と始の……この世界における戦いの結末に、ハナ達は呆然とその場に立ち尽くしていた。
 ハナが懸念した通り、剣崎一真はジョーカーとなって世界を救った。
 そんな終わりを始も、橘も、睦月も……誰も望んでいなかったと言うのに。
「これが、終わり……?」
 橘達がいるのにも構わず、リュウタロスは思わずそう呟きを落とす。
 その声が聞こえたのだろう、呆然と海を見つめていた三人がはっとしたように一斉にこちらを振り返った。
 自分達以外に誰かいるとは思っていなかったらしい。始と睦月は彼らの存在に怪訝そうな表情を浮かべ、橘だけはこちらの顔を見慣れてしまったのか少しだけ考えるような素振りを見せ……
「お前は……龍太? 何故お前がここに……?」
 リュウタロスの「仮の名」に思い当たったのか、三人を代表するように問いかける。しかしその問いはリュウタロスの耳に届いていないのか、彼はそのアメジスト色の瞳に涙を溜め、橘の肩を掴んで声をあげる。
「ねえ、こんなの嘘だよね!? 本当は別の所に二体目のジョーカーがいるんだよね!? あいつがジョーカーになっちゃったって言うのは嘘だよね!?」
「……やめろ、小僧」
 橘に縋りつき、その体を前後に揺さぶるようにしてまくし立てるリュウタロスを、モモタロスが静かに窘め、橘にかかる手を外す。
 低く、少しだけ震えた声と手で。
「だって! こんな……こんな終わり方ってない!!」
「誰よりもそう思ってんのは、そいつらだ。……お前なら分かんだろ?」
 モモタロスに言われ、リュウタロスは肩を震わせながらも、その言葉に頷く。
 剣崎がとった行動は、自分を犠牲にして人類を……大切な者を守るための物。
 それは、かつてキンタロスとウラタロスが、良太郎のために過去に残った時と同じ心境のはず。
 そして同時に、リュウタロスは目の前の三人の気持ちも理解できた。
 ……自分も「置いていかれた側」だったから。
 大好きな人がいなくなる、目の前から消えてしまう事の辛さは、彼も知っている。
「ごめん……なさい。橘達の方が、もっと辛いのに」
 項垂れるようなリュウタロスの声に、橘達も僅かに俯く。
 彼は、自分達の言えなかった事を代弁してくれたのだ。「こんなのは嘘だ」、「こんな終わり方ってない」と。しかしそれを素直に口に出せる程、彼らは子供ではない。だからこそ、リュウタロスの真っ直ぐな言葉は橘達の胸に刺さり……無言で彼の言葉を受け止めるしかなかった。
 その顔に、申し訳なさが増したのだろう。リュウタロスはそっと橘の腕に手を伸ばし……その、瞬間。怒鳴るようなモモタロスの声が響いた。
「小僧、そいつらから離れろ!」
「え? 何言ってんのモモ……」
「イマジンの臭いだ!」
 リュウタロスの声を遮ってまで放たれたモモタロスの怒声に、彼はぎょっとした表情で三人を見る。それと同時に、睦月の体がびくりと震え、大量の白い砂を零した。
 モモタロス達にとっては見慣れた光景だが、始と橘にとっては初めて見る物であるせいなのか、二人共ぎょっとした表情で睦月に視線を向け彼に声をかける。
「どうした睦月!?」
「何だ!?」
 だが睦月はその声など聞こえていないのか、ただ虚ろな瞳で虚空を見上げているだけ。
 やがて睦月の体から落ちきった砂が、盛り上がり、徐々に何かの形をとっていく。
 それと引き換えに、睦月の意識がふつりと途切れたらしい。ゆっくりと崩れ落ちる睦月の体を支え、橘はその砂の異形に目を向け……
「なっ!? スパイダー、アンデッド……!?」
 既に封印されたはずの存在によく似た「それ」を、驚愕の表情で見る。だが、すぐに自分の思っていた者とは違う事に気付いた。
 似てはいるが、よく見れば細部が異なる。スパイダーアンデッドと比較して、その姿は更に邪悪さを増しているような印象を受ける。
 どうやら始の方もその事実に気付いたらしい。警戒したようにハートのエース……「CHANGE」のカードを構えた。
「冗談でしょう!? 何でイマジンがこの時間に!?」
「取り零しだろうな。お供その一に気付かれぬまま、契約を完了させたのであろう」
 驚きながらも警戒する始達とは対照的に、イマジンを見慣れている方もまた、別の意味で驚いたように声をあげる。
 いつもの口調で返しているジークの表情にさえ、不快の色がありありと浮かんでいるのが見て取れる。
 純粋にイマジンの登場を不快に思っているだけでなく……彼もまた、剣崎一真が選んだ「結末」に怒りを抱いているようだった。
「こんな時に出てきやがって……テメーも少しは空気を読めってんだよ!」
 なかなか無茶な事をイマジンに要求するモモタロス。
 だが、イマジンは何も言わず小さく溜息を吐くと、何も言わずに始達に向けて腕を掲げ、衝撃波を放った。
 その意図が分からない。
 本来のイマジンの行動は、「自分達の時間」につなげるために、分岐の鍵である……と思っていた存在、二〇〇七年の桜井侑斗を殺す事が第一目標であったはずなのに。
 この場所に、桜井侑斗がいる様子はないし、仮にいたとしても始達を攻撃する理由にはならない。
 何とかその攻撃をかわした橘達を見て、ハナは小さく安堵のため息を漏らすとイマジンに視線を向けた。今までのイマジンと、どこか……何か、違う。
 単純に過去を変えようとしているだけなのか、それとも……そう思った時だった。
 イマジンが、口を開いたのは。


「『皇帝に愛された子』達に、死を」
「皇帝に愛された子?」
「貴様達のように、仮面ライダーと呼ばれる存在だ」
 橘の問いにそれだけ答えると、イマジンと呼ばれた異形はスパイダーアンデッドにはなかった口元を笑みの形に歪めると、再び始達に右手を向け、今度は蜘蛛の糸による攻撃を繰り出す。
 だがそれが届くよりも先に、橘を龍太が、始を灰目の青年が、そして未だ気絶している睦月を赤目の青年が抱え、横へと飛ぶ事でその攻撃をかわした。
「テメェ……契約者まで攻撃するなんざ、良い度胸じゃねえか。ええ?」
「それで世界が、我々の物へと変わるなら」
「おいおい、分岐点の鍵ってのはこのコハナクソ女だったろうが。勘違いしてんじゃねーぞ!」
「貴様こそ、何を勘違いしている?」
 どこか怒ったような赤目の青年の言葉に、イマジンとやらは心底不思議そうに首を傾げる。
「分岐点の鍵などどうでも良い。肝心なのはこの世界の歴史から、『皇帝に愛された子』を消去する事」
「何ぃ……?」
「それが我々『月の子(イマジン)』に課せられた使命。この世界を我らの神、『月』の物とするために」
「お前たちの神……『月』だと?」
 分岐点の鍵とか、契約者とか、イマジンとか、皇帝に愛された子とか、よくわからない単語の中で唯一引っかかった単語に、橘が小さく反応を見せる。
 「神」と言うたった二音節に、嫌な物を感じ取ったからなのだが……その「嫌な物」の正体までは掴めない。
 理解できるのは目の前の異形はアンデッドとは異なる、イマジンとか言う存在だと言う事、そして相手の事を龍太達が知っているらしいと言う事くらいだ。
 とは言え、ついていけないこちらに対し、親切に説明をしてくれる訳ではないらしい。イマジンとやらはクックと喉の奥で笑うと、更に言葉を続けた。
「そう。そのために……この世界を手に入れると言う目的の為に『月』はこの世界に干渉し続けた。封印されたアンデッドの記憶を一万年かけて書き換え、野心溢れる天王路博史を操り、モノリスを己の支配下に置き、ジョーカーを破滅の使徒へと変えようとしたのだよ」
「な、に……?」
 イマジンの言葉の意味が、始には理解できなかった。
 ……否。理解したくなかった。
 今の言い方では、カテゴリーキングが封印された時に出会った「神」が本当の「神」ではなかった事になる。
 本当の「神」に祈ったならば、剣崎がアンデッドにならずに済んだのではないのか。
 何よりも、一万年前のバトルファイトが終わった時から、既にその「月」と言う存在の侵略が始まっていた事になるではないか。
 アンデッドが書き換えられた記憶とは何なのか。
 アンデッドはこの地上の覇権を賭けてバトルファイトを行っていたはずではないのか。
 いや、それ以前に。こいつは今「ジョーカーを破滅の使徒へと変えようとした」と言わなかったか。
 その言葉が正しければ、ジョーカーは……自分は元々、「世界を滅ぼす存在」ではなかったのでは?
「では、このバトルファイトは……天王路が仕組んだ物ではなかったのか!?」
「奴も所詮は『月』が投じた駒の一つ。ヒトに失望し、財力のある人間なら誰でも良かったんだろう」
 ニマリと嫌な笑みを浮かべ、イマジンは橘の問いに答える。
 まるで、何もかもを知っているかのような笑顔が、生理的な嫌悪感をかきたてる。
 一刻も早くこの異形を排除したい、排除しなくてはならないと言う気持ちがある物の、橘にはその手段がない。壊れたギャレンバックルは白井の家に置いてきたし、先程剣崎が捨てて行ったブレイバックルは、彼のジョーカー化の影響に耐え切れなかったのか、ブスブスと白煙が上がっていた。
 睦月は未だ気絶しているし、始はイマジンの言葉に愕然としているだけで、「CHANGE」のカードを通す気配がない。
「ちょっと待ちなさいよ! あんた達イマジンの目的は、『過去を変えて、現在も未来も変える事』じゃなかったの!?」
「『過去を変えて、現在も未来も変える』。それも、目的の一つだ」
「何ですって…?」
 龍太と共にいた少女が、イマジンに向かって怒鳴る。
 彼女もまた、この異形の事を知っているらしく、ひるんだり恐れたりしている様子はない。むしろ、その瞳の奥には怒りの炎すら宿っているように見えるのは、橘の気のせいか。
 ゆっくりとこちらに近付いてくるイマジンが、嬉しそうな声で先を語る。
「この世界の過去を変え、未来を……先の時間を変える事により、我々の世界とつなげやすくなる」
「『我々の世界』ってどう言う事!? イマジンは未来の人間のはずだよね!?」
「鳥野郎は違うらしいけどな」
 ちらりと灰目の青年に目を向けながら、赤目の青年が龍太に返す。
 羽根マフラーの事を指して「鳥野郎」と呼んでいるようには思えないが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「いいや……我ら(イマジン)全員が『月』の創りし世界の民。即ち異世界の存在。無理に空けた時空の穴のせいで、体を捨て、精神体として通ったが故に本来の記憶の多くを失っているが」
「……お前は、忘れていないように聞こえるが?」
「忘れていたさ。ただ……」
 灰目の青年の言葉を否定し、イマジンはちらりと睦月の方に顔を向けて……口角を更に引き上げる。
 今まで、橘が見た事のない……悪意に満ちた笑みが、スパイダーアンデッドに似たその異形の顔に張り付いていた。
「そいつを通って思い出したのだ。我らの真実を」
「そんなもん、テメーが勝手に言ってるだけだろうが!」
 恍惚とも呼べる表情でそう言いきったイマジンに、赤目の青年が呆れたように吐き捨てる。
 話が彼らの間で行き交っているせいで、橘達には今の状況がいまひとつ理解できないが……少なくとも、目の前にいる異形が敵である事くらいはわかる。そしてそいつを放って置けば、とんでもない事になるのであろう事も。
 信じられるはずがない。異世界からの侵略者など。
 その神によって、今回のバトルファイトが仕組まれたなど。
 そのせいで……剣崎は、人間でなくなったと言うのに。
 だが、その思いを否定したのは異形の方ではなく……
「残念ながらお供その一。奴の言っている事は真実だ」
「おい……何言ってんだよジーク!」
 灰目の、ジークと呼ばれた青年は、平然とした表情で言い放ち、それに対して赤目の青年が食って掛かる。その顔が心なしか青褪めているように見えるのは、彼もまた心のどこかでその言葉を受け入れているからなのか。
「嘘、だよ、そんなの。イマジンが……僕達が、この世界の人間じゃないなんて、そんなの嘘だ!」
「龍太?」
 耐え切れなくなったように今にも泣き出しそうな声で怒鳴った龍太を見つつ、橘が声をかける。
 だが、彼の反応はまるで、彼等もまた「イマジン」と呼ばれる存在のように感じる。目の前にいる龍太や、彼と同じ顔をしたジークや赤目の青年は、どう見ても人間そのものであり、目の前にいる異形とは異なるように思えるのだが……
 まさか、上級アンデッドのように人間の姿をとる事ができるのか。それとも何か別の要因があるのか。色々な考えが頭を過ぎるが、考えている場合ではない。それに……少なくとも彼らは橘達の敵でない事は分かる。
 剣崎の選んだ結末に、理不尽さを感じ泣きそうになっていた彼等が敵であるとは……到底、思えなかった。
「因みに言うが、我らが捨てた肉体は、この世界の侵攻の為に送られてきたぞ?」
「え……?」
「ダークローチとして」
 混乱して、泣きそうになっている龍太に追い討ちをかけるように。イマジンはニヤニヤと笑いながら、止めの言葉を彼らに放った。


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