クロスシリーズ

□五色の戦士、仮面の守護
34ページ/80ページ



5月13日 4:58 p.m. 長野県 灯溶山中腹

「どうだ? 闇を受け入れる気になったか?」
 ガイとレイ、そしてガジャが退いた頃、少し離れた場所にいた真墨は、闇のヤイバ……否、ダークヤイバに追い詰められていた。
 普段とは違う太刀筋。剣を振るう度にその場にわだかまり、意志があるものののように自身に纏わりつき、動きを制限してくる闇。
 普段でも良くて五分の戦いをしている真墨からすれば、今回の戦闘は非常にやりにくかった。
 既に真墨は満身創痍。致命傷に到らない程度に弄られているのだと実感できる。それでもヤイバに屈しないのは、意地のような物だろう。
 何度目かの問いに対しても、真墨はフンと鼻で笑い、荒くなった呼吸を整えながら言葉を返した。
「誰が……お前の仲間になんか……」
「そうか。……ならば、死ね」
 短く言うと同時に、ヤイバの素顔が晒される。普段から悪鬼のような形相なのだが、今に到ってはそれを更に上回る……それこそ、「悪魔のような顔」を見せた。
 その顔に、ぞくりと悪寒が走る。完全に闇に堕した者でなければ出来ない顔を、真墨は人生においてはじめて見た気がした。
「影忍法、闇鶴の舞」
 ヤイバが、顔に見合わぬ優雅な仕草で、ひらりと手を翼のようにはためかせたかと思った次の瞬間、真墨の体に衝撃が走る。斬られたのだと知覚したのは、彼の変身が解け、その場で蹲る自分の脇腹から溢れた血を見た時だった。
「がはっ!?」
「ほう、間一髪、致命傷は避けたか。だが、その傷では動けまい」
 本当は殺す気だった一撃をかわされたにも関わらず、ヤイバの声はあくまで平坦だ。
 喉から込み上げる血反吐を吐き出し、何とか立ち上がろうともがく真墨。そんな彼に向かって、ヤイバはゆっくりと歩を進め、手に持っている剣を振り上げる。そして、それを振り下ろそうとしたその瞬間。
「バケットスクーパー!!」
「サガストライク!!」
 菜月の声が響くと同時に、数多の岩がヤイバに向かって飛び、その合間を縫うように映士の放ったビームが相手の体を穿とうと駆け抜ける。
 だがヤイバはそれらを、時に無造作に斬り捨て、時に軽やかな足取りでかわしながら、真墨の元へ駆けつけた菜月と映士の二人に向け、鬱陶しそうな一瞥を送る。
 ヤイバに向かってサガスナイパーの刃先を構える映士の傍ら、菜月の方はヤイバの存在を無視し、血を流す真墨の体を支えるようにして助け起こし、心配そうに声をかけた。
「真墨、大丈夫? 痛い……よね?」
「馬鹿……こんな物、大した傷じゃ…………がはっ、ぐ、ごぼっ」
「無茶すんな、真墨!! ここは俺サマ達に任せとけ!」
 不安そうな声を上げた二人に対し、真墨は懸命に笑顔を作るが、それも喉にこみ上げる熱い塊に邪魔をされて、上手く笑えない。
 情けないと強く思うが、それ以前にまずは目の前にいる「漆黒のヤイバ」だ。彼の存在は普段以上に危険すぎる。菜月と映士の二人がかりでも、追い払えるかどうか。
「邪魔が入ったな。だが……そうか。こいつらの存在が、お前を(ぬる)い光の下に引き止めている要因か」
 悪魔のような形相を隠す事なく、ヤイバはじっと菜月と映士の二人を見つめると、ふむと小さく納得の声を上げた。
 そして、口の端をニタリと吊り上げると、刀の切っ先をその二人に向け……
「ならば、こいつらを殺せば、お前は闇を受け入れるだろう」
 その言葉を聞いた瞬間、菜月と映士の体に、ぞわりとした感覚が駆け抜けた。
 ヤイバから放たれた殺気に怯えた……それもあるだろう。だがそれ以上に、彼らの後ろ……それまで呻くので精一杯だったはずの真墨から放たれた殺気の方が恐ろしく感じられた。
 どうして彼が殺気を放ったのか。疑問と不安を抱えながら、ちらりとそちらに視線を送れば、彼はギロリと、今にも絞め殺しそうな目でヤイバを睨みつけ、こみ上げる血を堪えるようにしながら言葉を紡ぎだす。
「こいつらに……菜月に手を出してみろ。その時は…………ヤイバ! お前の体を五分(ごぶ)刻みに斬り刻んで、(ふか)の餌にしてやる!!」
 真墨の渾身の気迫と殺気が篭ったその言葉を聞いた瞬間、ヤイバの動きがぴたりと止まった。
 だがそれは、真墨の気迫に気圧されたからではない。むしろその逆……この状況でなお、それだけの気迫を出せる彼を生かそうと考えたのだ。
 そしてその気迫の根源そこ、紛れもなく真墨の持つ「闇」そのもの。言っても真墨は否定するだろうが、ヤイバの目には真墨の瞳の奥で燻る、濃厚な闇の気配を察していた。自分と同じ……いや、自分よりもなお深い、闇の気配を。
――ここで(こちら側)に堕しても面白そうだが……まだ足りない――
 真墨の抱く「闇への可能性」に、ヤイバは更に口角を上げて笑みを深めると、ゆっくりと刀を下げて自身の左手首から細長い「何か」を取り出した。
 そしてその「何か」がヤイバの身の内から出た瞬間、彼の鎧は黒からいつもの青へと変わり、更にはその「何か」を真墨に向って放り投げた。
「何……!?」
「それは貴様にくれてやる。その瞳に宿る、闇に免じて」
 それだけを告げ、悠然と去っていく闇のヤイバの背を見送り……真墨の意識は、「闇」へと落ちていった。


5月13日 5:00 p.m. ダイボウケン内、コックピット

 ぐらりとダイボウケンの巨体が傾ぐ。それ程の衝撃が、少し離れた場所で生まれ、周囲の空気へと散ったのだと明石は気付く。
 ……何が起こったのかを確認したいところだが、目の前にいるトリケラトプスのダイジャリュウを、明石一人で相手にしている以上、仲間を信じて戦い続けるしかない。気を抜けば、こちらが倒される。
 とは言え、元々このダイボウケンと言うロボは「プレシャスの力を自らの力に変換する」と言う特異な機能で動いている。つまり、本来はシルバーを除く五人のボウケンジャーの持つプレシャスの力があって、初めて本領が発揮される代物なのだ。
 だが、今の搭乗者は明石一人だけ。本来の調子が出ないのはある意味当然と言えよう。おまけに眼前にいるダイジャリュウは、普段現れる物よりも確実に強い。何度か斬り付けてはいるのだが、相手にはかすり傷一つ付かない程の表皮の硬さ。そして突進力と火力面も普段とは比にならない。
「今日こそ死ぬがいい、ボウケンレッド!」
 ダイジャリュウの中で、リュウオーンが吠える。同時に、ダイジャリュウは角をこちらに向け……信じ難い事に、それをミサイルのように飛ばしてきたのである。
――これは、かわしきれないか――
 冷静にそう判断すると、明石は手元にあった黄金の剣を構え……
「頼むぞ、ズバーン!」
 その一言と共に、その剣……意思を持つプレシャスである「大剣人ズバーン」を外に放つと、ズバーンは己の体をダイボウケンと同程度の大きさにまで巨大化させ、飛んで来る角の半分を切り落とす。そして残りの半分は、明石がダイボウケンの武器である轟轟剣で何とか叩き落した。
「ズンズン!」
 ガッツポーズにも似た格好で、誇らしげにポーズを取るズバーンとは対照的に、明石の表情は晴れない。その理由は、今の攻撃で轟轟剣の刃がこぼれた事に気付いたが故。無論、それまでのダメージも多分にあるだろうが……それでも、次に同じ攻撃を喰らえば、今度は刃こぼれ程度では済まされないだろう。
――さて、どうする――
 思考しながらも、襲いくるダイジャリュウとの距離を一定に保ちつつ相手の攻撃をかわしていた時。
 この混乱の中でどうやって乗り込んだのか、コックピットにピンク(さくら)(さくら)とブルー(蒼太)が半ば転がり込むように乗り込んできた。……何故かその後ろにクウガ……五代まで付いて来ているのは不思議に思うところだが。
「チーフ! 無事ですか!?」
 さくらの声に軽く頷きを返し、彼は二人がシートに着いたのを確認する。
 彼らの搭乗によって、いくらか負荷が減ったのか、明石にも余裕が出たらしい。ふうと安堵の溜息を一つ吐き出すと、自分の脇に佇む五代に視線を送る。視線を送られた方は、仮面の下で飛び切りの笑顔を作った後、ぐっとサムズアップを明石に返し……
「俺も、今日はボウケンジャーの一員です。手伝わせて下さい」
「なら、席に着け。それから……あのダイジャリュウと、その中にあると思われるプレシャスを破壊する」
『了解』
 蒼太、さくら、そして五代の声が響く。
 とは言え五代は実際にこのダイボウケンを操縦するツールを持っている訳ではない。単純に真墨の席に座っているだけではあったが。
「相手はかなり強力なパワーと硬度を持っている。何しろ、轟轟剣が刃こぼれしている位だからな」
「それ、ちょっとまずいんじゃないですか、チーフ?」
 蒼太の声にさくらも同意するように軽く頷く。轟轟剣には、そう簡単に刃こぼれをするような軟な金属を用いていない。明石が一人で操縦していた為、本領発揮からは程遠い状態であったとは言え、それでも刃が欠けたのだ。三人に増えても、相当な苦戦を強いられることは目に見えていた。
 ボウケンジャー達がそう考える中、ふと五代の頭の中に、あるアイディアが過る。
 ダイボウケンに乗る直前、さくらに聞いた話だが……ダイボウケンはプレシャスの力を利用、増幅して戦う事が出来るらしい。つまり、プレシャスがその場にある程、その力を引き出して強くなると言う事だ。
 そして、自分が彼らと出会い、更に拘束までされた理由は、自分の腰にある霊石……アマダムが「危険なプレシャスだ」と判断されたから。と言う事は、自分は今、「プレシャスを持っている」のと同じなのではなかろうか。
 更に相手はパワー重視型であり、こちらが持っている武器は剣。即ち「切り裂く物」。
――アマダムがプレシャスで、このロボットがプレシャスを増幅する機能を持っていて、武器は剣だと言う
なら……――
「あの、明石さん。ちょっと試したい事があるんですけど……」
 挙手と共にそう告げると、五代はその場にいる全員に自分の考え付いた事を嬉々とした様子で話す。
 しかしその「考え」に対する反応は三者三様。さくらは悲鳴にも似た声でその考えを止め、蒼太も苦笑気味に止めておいた方が良いと告げる。その中で、唯一明石だけはマスクの下で楽しそうに笑い……
「良いだろう。ちょっとした冒険、だな」
「チーフ!?」
「他に良い方法があるか、ピンク?」
「……ありません。ですが……」
「なら、決まりだな」
 なおも言い募ろうとするさくらの言葉を遮って明石はそう断言すると、それに応えるように、五代は一つ頷き、アマダムに意識を集中させる。
――プレシャスの力を増幅させると言うのなら……このロボットは、アマダムの力も増幅させるはず――
 思いながら、いつも自分がするのと同じように、頭の中に「変わった姿」を思い浮かべる。
 手に切り裂く物を持ち、何者にも屈しない高貴な「紫」を纏った自分を。
「それじゃあ行きますよ……超変身!」
 アマダムから、独特の音が鳴り響く。次の瞬間、五代の姿がそれまでの「赤の金」から、思い浮かべていた「紫の金」……ライジングタイタンフォームへと変わった。
 その「超変身」と、同時だっただろうか。ダイボウケンがプレシャス……五代のアマダムに反応し、彼の超変身を伝播させたかのように、その姿をも紫の装甲に変えたのは。
 名付けるのなら、ライジングタイタンダイボウケン。刃こぼれしていた轟轟剣も「超変身」の影響からか、この姿のクウガの武器である「ライジングタイタンソード」へと変貌を遂げていた。
 このダイボウケンの超変身こそ、五代の言っていた「試したい事」。アマダムの力を増幅させれば、ダイボウケンの巨体も超変身が出来るのではと考えたのだ。
 勿論、ダイボウケンの持つパラレルエンジンが、アマダムの膨大な力に耐えられると言う保証はなかった。キャパシティを超え、自滅する恐れだって充分にあった。その可能性を考えたからこそ、さくらと蒼太は拒絶したのだ。
 それでも、成功した。それは果てなき冒険スピリッツが生み出した奇跡。
「五代、グッジョブだ」
「こっちこそ、大感動です」
 互いにサムズアップをかわしながら、言う二人。そして、真っ直ぐに前に向き直ると、ダイボウケンは突進してくるダイジャリュウに向けて持っている剣を構える。
 今度は確実に、ダイジャリュウを倒す為に。
『ダイボウケン、アドベンチャーカラミティ!!』
 四人の声が、計らずも重なり、ダイボウケンはくるりと円を描くように剣を回す。その中央に浮かぶのは、クウガを示す紋章と、ボウケンジャーのシンボルマークであるコンパスのマーク。
 そのマークをなぞる様に振り下ろされた剣は、かなりの硬度を誇るはずのダイジャリュウの皮膚を難なく切り裂いて……そのトリケラトプスに似たダイジャリュウは大爆発を起こし、この世から消え去ったのであった。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ