クロスシリーズ

□五色の戦士、仮面の守護
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【第22話:フェルマータ⌒宇宙警察のカデンツァ】


 ヘーイ、皆知ってるかー? 「Cadenza(カデンツァ)」とは、オーケストラの伴奏なしに演奏する、独奏楽器の即興音楽の事だ。
 元々は、本当に即興で音楽を奏でていたそうだが、最近じゃあ楽譜に書き残された様々な「Cadenza」と呼ばれる即興曲の中から選んで、演奏するのが一般的になっている。
 まぁ、「自由に演奏する」って意味では、自分で作った即興曲でも、楽譜の中から適当に選んだ曲でも、好きなよーに弾けば良いって事だな!
 フリーダム!!


「……いきなり何なの、キバット」
 鳥籠の中で声高に叫んだ金色の蝙蝠……キバットバット三世に向かい、(くれない) (わたる)は軽く眉を顰め、呆れたように言葉を返した。
 なお、キバットが鳥籠に入れられている理由は、黄色い星の制服を着た「ジャスミン」と呼ばれていた女性に対し、あまりにも執拗に噛ませろとせがんだ為である。
 どうやら、彼女の首筋がキバットの好みにフィットしたらしい。彼曰く、「モディリアーニの姉ちゃんの次に、噛み易そうな首だから!」との事。
 ……渡には、いまひとつ彼の好みが分らないし、そもそもキバット族は然程視力が良くないとされているので、どうやって彼女の首を「噛み易そう」と判断したのかと首を傾げてしまう。
 そんな渡の疑問など露程も気付いていないのか、キバットはかっしゃんかっしゃんと鳥籠を揺らすと、それこそ「噛み付かんばかりの勢い」で言葉を放った。
「『いきなり何なの』じゃないっ! 何で俺がこんな鳥籠に閉じ込められてるんだ!? それなりに偉いんだぞ!?」
「偉い奴ならそんな風に、喧喧囂囂(けんけんごうごう)侃侃諤諤(かんかんがくがく)騒がないってーの!」
「バン、『喧喧囂囂』は『大勢が一斉に喋る事』で、『侃侃諤諤』は『遠慮なく盛んに議論する事』だよ」
「センちゃん細かいよ。喧喧諤諤(けんけんがくがく)って言わなかっただけ偉いだろ?」
「間違った日本語だもんねえ、それ」
 キバットの言葉に返した赤い星の「バン」と言うらしい青年に、「センちゃん」と呼ばれている緑の星の青年が、何かの雑誌を読みながらツッコミを入れる。
 ここに来る前に、彼らは自らを「刑事だ」と言っていたが……その前に言っていた言葉が気にかかる。
 確か、「宇宙警察地球署」に属しているとか言っていたか。もしもそれを言葉通りに受け止めるとしたら、彼らは「宇宙の平和を守る警察官」という事になる。
 その言葉を更に深読みすると、この地球には異星人がいて、彼らは惑星間の犯罪を取り締まっている事になる。しかしながら、異星人がいるとか、それを取り締まる機関が存在しているとか言われても、にわかには信じ難い。今まで「怪人」の類は色々と見てきたが、異星人となると微妙だ。大昔の小説の挿絵に出てくる、イカだかタコだかの格好の物しか思い浮かばない。
 うーん、と考え込む渡を尻目に、鳥籠の中ではひたすらキバットが騒ぎ立てていた。
「とにかくだ! こんな所に閉じ込めやがって! 納得行かない! 俺は自由を主張する!!」
「公務執行妨害で勾留中だ。そこで大人しくしていろ」
 吠えるキバットの言葉を、さらりと「ホージー」と呼ばれていた青年が流す。その顔にどこか呆れが混じっているように見えるのは、気のせいではないだろう。事実、渡も、そして隣に座る兄……(のぼり) 太牙(たいが)も、あからさまに呆れた視線をキバットに送っていた。
「確かに、運転中に噛み付こうとするのは、充分に公務執行妨害に当たるだろうな」
「今回はキバットが悪いと思うよ。事故でも起きたらどうするの」
「渡と太牙まで俺の敵か!? お前らグルか!?」
 鳥籠に入れられているのがよほど不服らしい。二人にまで反論されたキバットは、狭いその中をバッサバッサと飛び回りながら、周囲の面々にひたすら文句を垂れ流している。
 もっとも、その「周囲の面々」は苦笑を浮かべるだけで、全く相手にしないのだが。
 しかし、どうしたものか。
 自分達はただ、紅邸にあるヴァイオリン……ブラッディ・ローズに導かれ、人間を襲うファンガイアに対して、新たに布いた「掟」通りに処罰しただけなのに。
 その事が、目の前にいる彼らの「法」に合わなかったらしい。友好的とは言えない表情で、彼らは渡と太牙を見ていた。
「とにかく、もうすぐボスが来ますから、大人しく座っていて下さい」
 白い制服……確か「テツ」と呼ばれていた青年がそう言葉を発した瞬間。入り口から、青い毛並みの、犬の顔をした人型の「何者か」が、その姿を現した。
 見た目は世に言う「人狼」、ウルフェン族に近いかもしれない。だが、やはり「狼」と言うよりは「犬」……シェパードに似ている。
 背は高く、背筋もピンと伸びており、堂々とした雰囲気がある。王侯貴族とは言えないが、守護者や騎士と言った「警備関係」特有の威圧感のような物は十分すぎる程備わっている。優しげな印象の顔つきではあるが、その瞳の奥には己の「正義」への自信を感じ取る事ができた。
「待たせたな、皆」
 鷹揚な態度でその「犬」が言うと、ここの署員らしい六人は、ピッと背筋を伸ばし、右腕を胸の前に持ってくるようなポーズを取った。どうやら、それが彼らなりの敬礼らしい。
 そして「犬」の視線は渡と太牙の二人で止めたかと思うと、ゆっくりと彼は二人に向かって歩み寄った。
 側まで寄られて、渡は改めて彼の背の高さを実感する。二人共背は低い方ではないのだが、それでも少し見上げるような形になる。
「強引につれて来てしまった形ですまない。俺は宇宙警察地球署署長、アヌビス星人のドギー・クルーガーだ」
「登太牙です」
「紅渡です……」
 「犬」……ドギーの丁寧な口調につられたのか、太牙と渡も、思わず立ち上がって一礼をする。
 ごく自然にアヌビス星人、と名乗った所を見ると、やはり彼は異星人なのだろう。自分が思うよりも、案外と異星人と呼べる存在は多いのかも知れない。
「早速だが、あなた達の話を聞かせて欲しい。実は、気になる事もある」
「気になる事、ですか?」
「ああ。ウメコ、戦闘記録の三十二秒目辺りを映してくれ」
「ロジャー。三十二秒目と言うと……この辺?」
 ポニーテールの小柄な印象の女性、「ウメコ」と呼ばれた彼女が、黒っぽい「何か」……多分警察手帳のような役目の機械を、机の凹みに挿し込んで操作をすると、丁度太牙とホースファンガイアとの会話の最初の方が、前方のパネルに映し出された。
『人間の命を吸って何が悪い! アレは俺達の餌だぞ? そもそも、ここは異世界だ! 王の命令に従う義務から解放された土地だろ!!』
「……この台詞だ」
「この台詞が、何か?」
 ドギーの言葉に、ホージーが僅かに「分からない」と言いたげな表情で問う。他の面々も、何が気になっているのか分からないのか、不思議そうに首を傾げていた。
 その一方で、渡と太牙は、ドギーの言わんとしている事の意味を理解していた。
「……成程、確かに『気になる事』だろうな」
「何だよ、お前達はなにか分かったっていうのか?」
 苦笑めいた表情を浮かべて呟いた太牙に、バンが微かに眉を顰めて言葉を返す。
 そんな彼に、困惑したような、それでいてどこか落ち込んだような表情を浮かべた渡が言った。
「『ここは異世界だ』なんて言われたら、気になりません?」
「ふえ?」
 渡の言葉に、バンが間の抜けた声をあげる。そして、思い出したのだろう。先程太牙が「処断」したファンガイアが、この場を「異世界」と表現していた事を。
 瞬時に周囲の面々の表情が引き締まったのを見ながら、太牙がぽつりと呟いた。
「どうやら僕達は、この世界にとって『異邦人(エイリアン)』らしい」
「『この世界』って……そう言えばさっきのアリエナイザーも、『異世界』なんて言葉を使っていたけど……方言、じゃないよね」
 太牙の言葉を聞き止め、センちゃんがひょうきんそうな表情のまま二人に問う。
 こういう場合、何と答えるべきなのだろうか。太牙はかつて「異世界」と呼べる場所に向かった事があるし、渡もそれを見送った事があるから、「異世界と言う概念」は分る。
 しかし、それがこの世界の……そしてこの面々にも通用するのだろうか。「異星人」は普通に存在していても、「異世界人」となると話は別なのだろう。自分達が「異星人」という存在に思い当たる節がないように、彼らには「異世界人」という存在に思い当たれない。だからこそ、気になっているのだろう。
 思いつつ、それでも黙っている訳に行かないと思ったのか、太牙は真っ直ぐにこの場にいる刑事達の目を見つめ、口を開いた。
「その言葉の通りだ。僕達は、こことは異なる世界から来た」
「……ナンセンス。そんな事、信じられる訳ないじゃないですか」
「そうそう。言い訳にしたって突飛過ぎよ」
――言い訳じゃないんだが――
 心の中でのみ苦笑しつつ、太牙はどう説明しようかと悩む。
 以前の自分だって、いきなりそんな事を言われたら「突飛な言い訳」として扱った事だろう。実際に向かった事があるからこそ、信じようという気になるだけで。実際に「異星人」というのも、ドギーを見るまでは信じ難い、「突飛なこと」だったのだ。
『それが、突飛な事とも言えないみたいなのよ』
「スワン、何か分ったのか?」
 唐突に別のモニターに映った、ドギー曰く「スワン」と言うらしい女性が、どこで聞いていたのかは分らないが、会話に割り込んできた。
 軽くウェーブのかかった長い髪に、白衣とフロントホックのゴーグル。どうやらここのメカニックらしく、彼女の背後には機器類が所狭しと並んでいた。
 そんな彼女の手の中には、先程太牙が倒したファンガイアの亡骸と思しき青い欠片が収まっている。あの亡骸を調査していたらしいことは、容易に予想できた。
『さっき回収した『亡骸』の組成を調べてみたんだけれど、どの惑星の住人にも一致しないの。それに、他の科捜研仲間にも聞いてみたけど、『人をガラスのように変えられる異星人(エイリアン)』は聞いた事ないって。データがないから、これ以上はお手上げよ』
「つまり、『分らない』って事が分ったって事……?」
 ウメコの問いに、スワンは画面の向こうでこくりと頷く。
 どうやらこの世界に、ファンガイアは存在しないらしい。そう思い、何か口に出そうと思った瞬間。
 渡の隣にいたジャスミンが、着けていた手袋を外し……
「ちょっと失礼」
「え……ええっ!? あの?」
 そう言って、渡の手に触れた。
 唐突過ぎる彼女の行動に、渡は驚きの声をあげつつ、反射的に自身の手を引こうと動く。だが、ゆっくりと伏せられていく彼女の目と、別の方向から伸びた腕によって、彼の動きは止められてしまった。
「ジャスミンはエスパーだ。触れた相手の記憶が読めるんだよ。だからちょっとじっとしてろ」
 渡の腕を止めた存在……バンが、困惑している渡にそう説明する。それと同時に、彼女の邪魔をしない為なのか、ゆっくりと渡から腕を離した。
 触れた相手の記憶を読み取れる。軽く聞いた程度であれば便利そうだと思える力だ。刑事としては便利な能力だろう。
 しかしその一方で、ひょっとすると、彼女が知りたくない事まで知ってしまうかもしれないという懸念、というか心配もあった。
 世界が……「この世」が綺麗でない事は、渡だって充分に知っている。空気も、人の心も、家の外に溢れる全てが汚れている。そんな中で生きている自分もまた、汚れているのかもしれない。
 人の心が読めなくとも、かつてはそう思い、この世の全てから自分を守ろうとしていた事もあった身だ。読めてしまう彼女は、きっと自分の何倍、何十倍もそう思った事だろう。それでも、こうやって他人に触れられるのは、とても強い心を持っているのだろうな、と渡が思った瞬間。彼女はそっと彼から手を離し、目元を緩めて笑った。
「心配してくれてありがと。……『この世アレルギー』君」
 どうやら、過去を読み取れるというのは本当らしい。彼女の言葉に、こちらも苦笑を返すしかない。
 厭世的だった自分は、この世の中の全てに対して過敏な反応を見せていた。「この世アレルギー」というのは医者の判断だった訳だが、今なら単純に外界との接触に対し過敏すぎたからだと理解している。
 世界は自分が思う程、汚くも怖くもない。純粋で綺麗なものばかりでもないが、それでも世界は綺麗なものに満ち溢れていると、今の渡には思えている。
「ビミョーに本当みたい。『キバって、行くぜ!』」
「あーっ! それは俺の台詞!! パクるな、姉ちゃん!」
「なら、噛み付きは禁止よ、ピカピカ蝙蝠君」
「キバットバット三世だっ!」
 案外気が合うのか、なかなか絶妙な二人のやり取りに、周囲からは思わずくすりと笑いが漏れる。ジャスミンはからかっているのだろうが、キバットの方は本気で突っかかっているらしく、抗議の声を上げる度に彼を収めた鳥籠がガシャガシャと音を立てる。
 それを軽やかに無視すると、ジャスミンはくるりと彼女の仲間の方へと向き直り、真面目な声で言葉を綴った。
「さっきの青馬君は『ファンガイア』と呼ばれる存在で、人の命、『ライフエナジー』とやらを吸う存在なのだそうな」
「ああ。それが、僕達ファンガイアの『食事』、生きる糧だからな」
 頷きを返しつつ、太牙が改めて説明を開始する。
 自分達の住む世界には、人間が持つ命のエネルギー……ライフエナジーを食らって生きる存在がいる事、その中の一種が、自分達ファンガイアである事。
 そして太牙は現在、そのファンガイアを統べる「王」……「キング」の称号を持つ者であり、彼の号令の元、人間との共存の為にライフエナジーに代わる新しいエネルギーを開発しており、最近ようやくその目処が立ってきた事。
 ……そして、それでも人間を襲うファンガイアに対しては、太牙や渡、そして太牙の部下である「ルーク」という肩書きを持つ存在が、程度に応じた罰を与えている事など。
「成程、だからさっき、あの『馬』を攻撃した訳か」
 渋い顔で言ったホージーに、太牙と渡は同時に頷く。
 これまでファンガイアが人間に対して行なってきた事を考えれば、納得してもらえるとは思っていない。しかし、自分達なりのけじめなのだと、そう言った上で。


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