クロスシリーズ

□五色の戦士、仮面の守護
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 一方で隣にいた太牙は、そんなインキュバスを観察するようにじっと見つめ……
「あの格好に今の攻撃、それに僕や渡に対する『半端者の王』、『紛い物の王』という呼び方。……まさか、ビショップの力を……記憶を手に入れたとでもいうのか!?」
「ビショップ? ああ、うん。そんな名前みたいだね。この『記憶』の持ち主だった奴は。お前達に大切な者を奪われた……その憎しみが、僕と同調したようだ」
 あっさりと太牙の言葉を肯定し、インキュバスは楽しげにクスクスと笑う。
 刑事達には「ビショップ」と言う存在がどんな者なのかは知らないが、太牙と渡の表情から察するに、「善人」と呼ばれる類の存在ではなかったのだろう。
 ……インキュバスの「憎しみ」と同調するような力を残すくらいなのだから。当然と言えば当然なのかもしれないが。
 だからと言って、ここで「はい、そうですか」と引き下がる訳には行かない。彼は数多の人間を殺害し、今なお誰かの命を奪おうと画策しているのだ。それを見過ごす事は出来ない。
 爆発が収まったのを確認すると、彼らは物陰からすっと身を滑らせ、インキュバスの前で並び立った。
「どんな力を手に入れようと、俺達の手でお前の野望を壊してやるぜ! チェンジスタンバイ!」
 バンの声に応えるように、五人の刑事は己の変身ツールであるSPライセンスを、テツは腕に着けたブレスロットルを構える。
「あなたが何者なのかは分らない。だけど、人の命を奪うのは……許せない。キバット!」
「おっしゃあ! キバって、行くぜ!!」
 渡の言葉を待ってましたと言わんばかりに、キバットは彼の手の中に納まり、サガークは太牙の腰に巻きついた。
『エマージェンシー! デカレンジャー!』
「エマージェンシー! デカブレイク!」
『変身!』
「ガブッ!」
『Hen-shin』
 八人が「変身」したのは本当に同時。
 六人の刑事はそれぞれのパーソナルカラーのスーツを纏い、渡はキバットを腰に現れたベルトのような「止まり木」に止まらせる事で赤い吸血鬼……キバへとその姿を変え、太牙はサガークにジャコーダーを挿す事で白銀の鎧を纏い、サガへと変身した。
「一つ! 非道な悪事を、憎み!」
「二つ! 不思議な事件を、追って!」
「三つ! 未来の科学で、捜査!」
「四つ! 良からぬ宇宙の、悪を!」
「五つ! 一気にスピード、退治!」
「S.P.D! デカレッド!」
「デカブルー!」
「デカグリーン!」
「デカイエロー!」
「デカピンク!」
『特捜戦隊! デカレンジャー!』
 既に陽の沈みかけた夕闇の中、彼らのマスクに付いているパトランプが光り、彼らの存在を鮮明に浮き上がらせる。
「無法な悪を迎え討ち、恐怖の闇をぶち破る! 夜明けの刑事! デカブレイク!」
 真白き刑事と化したテツは、エリートの証したる金バッジを輝かせ、五人とはまた少し異なる名乗りを上げた。
「何!? あいつら、名乗りがあるのか!? だったら渡、俺達も格好良い名乗りを……」
「いいよキバット、僕達にそういうのは向かないんだから」
 羨むようなキバットの言葉に軽く返すと、渡はすぐさま相手へ向かって距離を詰めた。
 そのすぐ後ろには、太牙がジャコーダーを剣状にして走っている。
 仮にビショップの力を持っているのだとすれば、遠距離、中距離での戦いは得策とは言えない事を、理解しているからだろう。そんな渡達に倣うように、バン達もインキュバスを囲むような陣形を取りつつ、その輪を狭めていく。
 だが。
「ふふっ。アーナロイド、バーツロイド、そしてイーガロイド!!」
 もう少しで手が届く距離まで、バン達が近付いた刹那。インキュバスが何かを放り投げながら叫ぶ。
 そして次の瞬間には、放り投げた「何か」が細かく分散、更に分散した一つ一つが変化し、無数の「兵士」となった。産み落とされた兵士は、アンドロイドの類だろう。どこか動きが硬く、ぎこちない。
『みー!』
『みー、みー!!』
 「み」の字に濁点が付いたような、そんな何ともいい難い声を上げて、丸い穴が空いたような銀の顔を持つアーナロイドとバツ印のような形をした水色の顔を持つバーツロイドが、質より量と言わんばかりに渡と太牙を囲む。
 一方で、銅色の尖った印象のアンドロイドであるイーガロイドは、デカレンジャーに向かって剣を振るっていた。
『倒す』
「イガイガ君は相変わらず、渋いお声だ事で」
「すっごいハイテンションで、英語とか使ったら面白いのに」
「Let’s party、とな」
「そんな事言ってる場合か。来るぞ!」
 ポツリと漏れたイーガロイドの言葉に、ジャスミン、ウメコが緊張感のない言葉を返し、更にホージーがそんな二人に向かってツッコミながらも、相手の剣をかわし、その剣に狙いを定めて銃弾を放つ。
 ほぼ百パーセントの命中率を誇るホージーの射撃によって、相手の剣、それも刀身の中央に穴が開くのだが……相手は気にせず、それでもなおひゅんひゅんと風切り音を鳴らしながら斬撃を繰り出す。
 感情のないアンドロイドだからこそ出来る事だろう。普通なら、刀身に穴が空けられれば多少なりとも動揺し、剣筋に乱れが生じるものなのだが、イーガロイドには動揺の欠片すら見受けられない。
 そんな混戦模様を少し離れた位置で見つめながら、インキュバスは軽く笑い……一言、低く呟く。
「お前達の命で……姉さんを蘇らせる。お前達のライフエナジーが、悪事に使われるんだ。これ程の屈辱はないだろう?」
 と。


「ああ、『悪夢の夜(ナイトメア・ナイト)』が始まりましたか」
 パタン、と「The Silence of the Lambs」と書かれた本を閉じ、エステルは感慨深げにそう漏らす。その様子を、アブレラはあまり面白くなさそうに見つめていた。
「あのメモリの、どこに他人を蘇らせる力があるというのだ?」
「ふふっ…………ありませんよ、そんな物。あのメモリには」
「何だと?」
 予想外の返答に、アブレラが訝るような声を挙げ、エステルを睨む。
 しかし、インキュバスが現れた際、確かにエステルは言った。「蘇らせる方法を自分に売った」と。だからこそアブレラも、あのメモリにそういった力があるのだと思い込み、インキュバスに対して買値の四割増しで売りつけたのだ。
 それが、欠陥品……もとい客の望んだ機能を持たぬ物だったとなると、信用に関わる。この業種が信用第一なのは、エステルも知っている事のはず。
――まさか、私の信用を落とし、マーケットを乗っ取るつもりか――
 その考えに至り、ハッとしたようにアブレラはエステルに向き直る。だが、見られた方はと言えば、次の本と言わんばかりに、今度は「Double,Double」と書かれた本に目を落として楽しそうな声を上げた。
「邪推しないで下さい、アブレラ。あなたのマーケットを横取りするような無謀な事、する気はありません。まあ、頂けるというのであれば遠慮なく頂きますけれども」
「邪推だというなら、何故私が売る際に止めなかった? 貴様は違うと分かっていたはずだ」
「確かに、あのメモリでは『死者の完璧な蘇生』はできません。ですが、『復活させる方法に関する知識』くらいはあります。もっとも、実際にそれを実践したとしても、復活をさせる事は難しいでしょうがね。…………死者を蘇らせる事など、そう容易く行なえる事ではないのです」
 それまで楽しげだったエステルの表情が、最後の一言を放つ時だけ、妙に沈んで聞こえたのは、アブレラの気のせいか。
 だが、正直アブレラにはエステルの感情や過去などどうでもいい。気にかかる事はただ一つ。
「ならば、死者を蘇らせる方法とは何の事だ? 貴様は大切な事は言わない癖はあるが、嘘を吐く事は滅多にないだろう?」
「それは、あなたに売ったもう一つの商品。つまり、『あの情報』の方ですよ。勘違いをしたのはあなたです、アブレラ。そして……彼も、ね」
 先程一瞬だけ垣間見た陰は、まるで最初からなかったかのように消え、エステルはニィと口の端を歪めたのであった。



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